モブ(バイト先の人たち)出ます



「これ炭ちゃんと火ついてるの」
「赤くなったからついてると思うけど」
「ねー仁王どう思う」


ポカポカとした陽気に包まれた青空が気持ちいい、夏一歩手前の今日。私達が働くカフェは店休日である。
カフェが、というか、カフェが入っている館が点検だか何かをやるらしく、強制的にお休みになった。

これはオープン前から決まっていた事で、社員さんから「親睦会も込めてこの日はBBQする予定だから、来れる子は是非来てね」と言われていた。話を聞いた最初はそこまで乗り気ではなく、行けたら行くか程度にしか頭にとどめていなかった私も、働き始めて1週間で人の良さとバイトの楽しさに絶対参加するという心持ちに変わっていた。


一つ上のバイト仲間と、バーベキューコンロを覗き込みながら首をかしげる。
バーベキューやったことあるとはいえ、着火はお父さんとかに任せきりだったからそのへんよくわからないんだよなぁ、と周囲に目を向ける。
暇そうに全員が飲む紙コップに名前を書いていた仁王を呼びつけた。


「何で俺」
「暇そうだった。ね、これどう思う」


黒Tの上に羽織っている薄いカーディガンを風にはためかせながら、こちらに歩いてくる仁王にコンロを覗かせた。
5秒ほど目を向けてから、バイト仲間からどんな風に火をつけたか聞き出した仁王は、私から炭用のトングを攫ってひとつひとつ弄りだす。


「火の点け方は合ってるんじゃなか? 多分炭散らばりすぎなんじゃろ」


均等に並べられていたそれをトングで1ヶ所に集めながら言う。なるほど、てか最初から君が火起こしすればよかったのでは、と頭には浮かんだものの、役割決めは適当に社員さんがあみだで決めたのだからと口にはしなかった。


「ほれ、これでもう少ししたら炭白くなるから、焼くのに時間かかるものから並べてき」
「おー! 仁王くんありがと」
「まぁ焼くのは私らじゃなくて社員さんだけど」


なんて話をしているうちに、下ごしらえ班が社員さんたちを引き連れて歩いてくるのが見えた。








「かさねちゃん飲んでるー?」
「飲んでますよ。ジュースですけど」


ある程度お肉や野菜を食べて、胃を休ませているとフリーターで働いている先輩が話しかけてきた。顔がうっすら赤い気がするのは、手にしているチューハイのせいだろう。
先輩はこのお店で3店舗目らしくて、社員さんともかなり仲の良いベテラン枠だ。


「あれ? まだ未成年だったけ」
「そうですよ、今年大学1年」
「そっかぁ、若いなぁ」


チューハイの缶を煽ってから、ソーセージを美味しそうに頬張る先輩は幸せそうでこっちも笑顔になってくる。


「かさねちゃんさぁ、仁王くんと仲いいよね」
「説明会のときから喋ってるんで、たしかに一番仲良いかもです」
「そのときからなの! なになに、もしかして好きとか?」


この人完全にこれ聞きたくて私のところに来たな。本題に入るのが早すぎて、先ほどとは違った意味で笑ってしまった。



「素直に格好いいなぁとかは思いますけど、今のところはそういうんじゃないですね」
「えー! つまんない!」
「ご期待に沿えずごめんなさい」


がっくりとわかりやすく肩を落とした先輩はそれでもめげないぞという顔をして私の目を見つめる。


「今のところは、だもんね? 今後場合によっては変わる可能性も」
「まぁ、あるんじゃないですか」
「っしゃ! 楽しみ」


折りたたみの椅子から、勢い良くガッツポーズをして立ち上がる先輩。お酒入ってるからとはいえ人の色恋でここまで喜怒哀楽のうち、3つが出せるの面白い人だな。
シフトは被りやすいから出勤日はいつも一緒に帰るし休憩中に軽く喋る姿も見られている私達の関係性、たしかに野次馬目線で見るの面白いとは思うけども。
まだ私と仁王は、普通にバイト仲間以上男友達くらいの感覚でいる。スタイルやら顔がいいので接していてドキッとしたことがないとは言わないけれど、イケメン目の前にしたら一定数の人間そうなるんじゃないだろうか。いうなれば芸能人感覚だ。


とはいえやられっぱなしはなんだか嫌なので、私も先輩を真似して紙コップに入れられたレモンスカッシュを煽る。
煽った際、仁王が暇そうな顔をして書いていた“露草”の文字がやけに視界に入ったのは見なかったことにする。


「それこそ先輩は彼女とどうなんですか!」
「ちょーラブラブよ」


即答で答えられてしまい、私の勢いが死んだ。ほろ酔い相手にした時点で敵うわけがなかった。
挙げ句の果てに先輩は頼んでもいないのにスマホのロック画面を見せつけてくる。2人の2ショットだった。彼女さんめっちゃ可愛い。


「わ、見てあれ。かさねちゃん以外の女の子とちゃんと歩いてる仁王くん初めてみた」
「ちゃんとってなんですか……」


近くのコンビニまで買い出しに行ってたのであろう仁王と、同じくバイト仲間の子がビニールを揺らしながら帰ってくる。
タイトめなスカートから覗く生足が眩しい。同い年なんだけどな。


「あの子仁王くんのこと好きそうじゃね」
「好きかどうかは知らないですけど、モテてきたんだろうなとは思いますよ。仁王って」
「俺はかさねちゃんとくっついてほしいなー」
「だからまだ何も起きてないって」
「これから起きると思うよ」


ほら、と先輩が前方に指を出す。その指の軌道をたどれば、話題の人物がこちらに向かってくるのが見えた。
一緒に買い出しに行っていた子はどうしたんだと見渡せば携帯片手にこちらに来る仁王の背中を見送っていた。
つまらなさそうに言えるのは気のせいだろうか。うわぁ、先輩のせいでそんな風にしか見えなくなってしまった。責任取って欲しい。


「何話しゆうんじゃ」
「買い出しおつかれさまー」


「仁王くんカンパーイ」とチューハイ缶を掲げる先輩に、買ってきたばかりであろうペットボトルを当てた。
流石に仁王のことやら私達のことだよとは言うのが気が引けたので、先輩の彼女の話と答えておく。


「露草、これ見つけた」
「え」
「この前食べたい言ってたアイス。普通に売ってたぜよ」
「マジで、全然見つからなかったのに。ありがとう!」



目の前に差し出されたアイスとプラスプーン。一昨日あたりに新発売のアイス食べたいのに、どこにも売ってないと話していたのを覚えてくれていたらしい。
こればっかりは満腹の胃にも空きが出る。
上機嫌でアイスを食べる私に、仁王が満足そうにしているのを横目で見ていた先輩の存在を私はすっかり忘れていた。


「えー! もう何か起きそうじゃん!」
「先輩は本当しつこい」




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