火蓋は切られた

 わたしにはもう13年片思いしている幼馴染が居る。

「今日黄瀬のファンの中に凄い可愛い子が居たんだよ。俺は今日あの子の為に練習を頑張った」
「はいはい。良かったね〜」
「ちゃんと聞いているのか? 名前」
「聞いてるよ。由孝」

 横で高揚した顔で語る由孝に溜息を吐きたくなる。何でこんなのを好きになったのか、自分でも激しく疑問だ。笠松にも同じことを言われた。優しい小堀は何も言わなかったけど……どうせなら笠松や小堀を好きになった方が良かったんじゃ……。いや、駄目だ。笠松は女の子が大の苦手なくせして巨乳好きだから。

「で、どう思う名前?」
「え? ごめん、なに?」
「聞いてなかったのか? だから今度二組の山本さんにメアドを聞いてみようと思うんだけど」
「二組の山本さんってあのお姉さん系の山本さん?」
「そう、その山本さんだ!」
「別にいいんじゃない……」

 本当何でこんなのを好きになったのか不思議で仕方がない。
 出会いは確か……幼稚園だったような。王道だけどお互いの家が近くて、親同士が仲良くって感じだったな。それからはずっと一緒なんだよね……ただ、高校は別々になりそうになっちゃったんだよね。由孝は見た目もイケメンの部類に入るし、身長も高い。それでいてバスケ部のレギュラーで運動神経もいいし、頭も悪くない。その反対にわたしは特に秀でたものなんかなくて、そこら辺の通行人A――――いや、Bくらいの立ち位置だ。
 そんなわたしが名門の海常高校に受かるのは至難の業だった……夜遅くまで死ぬ気で勉強して、学校でも放課後まで残って先生に勉強を教えてもらったり、今思い出しても今まで生きてきた中で一番頑張った数か月だったと思う。思い出しただけでも気分が悪くなってくる。

 でも、わたし――――、

 横で歩いている由孝を見上げる。

――――いつ由孝を好きになったんだけ?

 ハッキリ言って覚えてないんだよね……。確か小学校高学年あたりだったと思うんだけど……どういう経緯で好きになったのか覚えてない。
 う〜ん、と唸っていると、横を歩いていた由孝が足を止めたので、つられて足を止める。

「コンビに寄ってもいい?」
「うん。別にいいけど」

 わたしも何か買うかな〜。そう思いながら鞄を漁って見たら、朝はあった財布が見当たらない。そう言えばロッカーの体操服の袋の中に入れたままだった……。
 いつまでもコンビニの中に入ってこないわたしを不審に思ったのか、由孝が声をかけてくる。

「おーい、コンビニ入らないのか?」
「あ、えっと……財布学校に置き忘れたみたい」

 ハハハ……と乾いた笑みを漏らすわたしに、由孝は一度溜息を吐くと、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。喧嘩を売ってるのかな、由孝は。

「そうか、そうか、名前ちゃんは財布忘れたのか〜」
「なに? ケンカ売ってるの?」
「いや〜、実は今日までコンビニで名前の大好き肉まんと、俺の好きなピザまんの限定版が発売されてるんだよ」
「なにそれ!? わたし知らない!」
「ま! 俺も黄瀬情報で知ったんだけどな」

 なんと! わたしが一番好きな肉まんの限定版が発売されているなんて、全然知らなかった。私としたことが……!!
 目の前では未だに由孝がニヤニヤと、腹が立つ笑みを浮かべている。正直今すぐにでも頭を叩きたくなったけど、そこはグッと怒りを抑え込む。今由孝と喧嘩すれば、きっとお金を貸してもらうのも無理になってしまう。出来るだけ可愛さを意識しながら笑顔を向ける。

「由孝……お金貸してくれない?」
「いや、無理。俺もピザまん買う金しか持ってきてないから」

 そう言い残して、由孝はさっさとコンビニの中に入っていてしまった。残されたわたしはと言うと、その場に笑顔のまま立ち尽くした後、道端に落ちている石をローファーのつま先で勢いよく蹴り転がす。本当なんであんなの好きになったんだろ! わたしにだけ優しくないし! 
 はあ〜……と深くため息を吐きながら、コンビニの入り口の横に備え付けてあるゴミ箱の横に座り込む。
でも、わたしが由孝とこうやって一緒に居れるのは、まだ、由孝に彼女が出来ていないからだ。だったら彼女が出来た時、わたしは一体どうするんだろう……。泣く? 諦める? 告白する? きっとどれでもないだろう。泣かないでおめでとうって祝福の言葉をかける癖して、由孝への気持ちも諦めないで、それなのに告白もしない。そんな中途半端なことになるに決まってる。考えれば考えるほど、自分は由孝の優しさと幼馴染と言う、とっておきのポジションに甘えている事が分かって、目に涙が溜まってくる。
一度溢れ出した涙を止めする術なんてなくて、Yシャツの袖で涙を拭っていると、ピザまんを買い終えたのか、由孝が目の前に立っていた。座ったまま見上げると、何故かギョッとした顔でわたしの顔を凝視し始めた。

「そ、そんなに肉まん食えないのが嫌だったのか……!!」
「は?」
「だって名前泣いてるだろ!」

 あ。そう言えばわたし今泣いてるんだった……。
 泣き顔を見られたくなくて、ゴシゴシと必死にYシャツの袖で涙を拭っていると、涙を拭っていた腕を掴まれる。

「バカ! それだと目余計赤くなる。まだこれ使ってないから」

 そう言って手渡されたのは、まだ使ってないのだろう青いタオルだった。

「Yシャツの袖で目元こするな。それで拭け」
「ありがとう……」

 立ち上がりながら、由孝にお礼を言って、タオルを顔に押し付ける。情けない……こういう所が由孝に甘えてるんだ。
 なかなかタオルから顔を出すことができないでいると、タオル越しに微かにわたしの好きな物の匂いが漂ってきた。この匂いは――――。

「ほら、名前の好きな肉まん買ってきたから元気出せ」
「なんで……」
「だって食べたかったんだろ? 俺も今日は、ピザまんじゃなくて肉まんな気分になったけだ。とにかくほら、冷める」

 美味しそうな湯気をたたせている肉まんの半分を受け取って、再び由孝に視線を向けると、コンビニから漏れる灯で見えたのは、私に背を向けるようにしている由孝の短髪から見える、ほんのり赤くなっている耳だった。
 ああ……そうだ、こういう所だ。こういう所を好きになったんだ……。
昔からわたしはドジばっかりで、小学校高学年の時、わたしが勝手に探検とか言い出して一緒に迷子にった時、全部自分が悪いって言いだして、お父さんやお母さんから何時間も説教された時も、絶対私が悪いとは言わなくて……口ではいつも意地悪なこと言うけど、それでもいつも自分より私の事を優先してくれて――、

「由孝……」
「ん〜?」
「ありがとう……」
「どういしたしまして。それじゃあ帰るか、あんまり遅くなってもおばさん心配するし、俺は母さんに怒られるし」

 そう言って前を歩き出した由孝の背中に声をかける。

「由孝〜」
「なんだよ」
「わたし……数年後めちゃくちゃいい女になるから!」
「なんだよそれ」

 冗談だと思っているんだと思う、前を向いていて表情は分からないけど、多分笑ってる。でも、今はそれでいい。
 あと、数年後覚悟しなさいよ由孝。片思い13年歴、そう簡単には終わらせないんだから!

END


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