15.5話 新たなる仲間

 アーロンパークでの激闘を経て、ナミ──そして副産物とは言えココヤシ村とヒノデの事をアーロン一味から解放した麦わらの一味は、現在、ロロノア・ゾロこと麦わらの一味の戦闘員の傷の手当てをドクターにしてもらっていたが、治療と言うにはあまりにも荒っぽい……と言うよりも拷問ではないのかと言うレベルの叫び声が響き渡っていた。

「ドクター、麻酔はしないのか?」
「ヒノデに優先して使ったからな、その後も他の奴らに使ったから全部使い果たしたんだよトウシンさん。それにこんな傷で戦うようなバカには麻酔無しで縫合するのが、お灸も据える事ができて丁度良いだろう」
「そうだな」
「そうだなじゃねェ!!! いででででで!!!!」

 あまりにもあんまり過ぎる会話に、麻酔なしで傷口を縫合されているゾロがツッコミを入れるけれど、ドクターもトウシンも気にしていないのか、手を止めることなく縫合を続ける。

「お前らの船にゃ船医もおらんのか?」
「医者かーそれもいいなー……でも音楽家が先だよな」
「何でだよ」
「だって海賊は歌うんだぞ?」
「音楽家は確かにいいな。だがまずは船医を揃えろ、こんな大怪我を放っておくような仲間がいるなら尚更な」

 もっともな事を言うトウシンに、ゾロとヒノデが寝ている間に座っているルフィは、ゾロの方に向いていた体の向きを変え、この騒がしさの中でも目を覚ます事なく、こんこんと眠り続けているヒノデをの顔を覗き込む。

「おい、近いぞ」
「だって、全然起きねェからよ」

 あと少し近づけば唇が触れてしまうのでないか、と言うくらいの距離の近さで、ヒノデの顔を覗き込むルフィの顔面を鷲掴みにし、トウシンはルフィの顔を押し戻す。

「起きるわけないだろう。さっきまで高熱で魘されていたのを見てなかったのか?」
「見てたけどよ、今は落ち着いてるだろ」
「ドクターが鎮痛剤と解熱剤を打ったからだ。薬が切れれば再び熱は上がるし、痛みはぶり返す」
「ふーん」
「本当にわかってるのか?」
「今は大丈夫って事だろ? おい、起きろー」

 話を聞いていなかったのか、ルフィは包帯やガーゼまみれの中唯一肌が見えていた頬部分を、ツンツンツンツンとなかなかの勢いで突き始める。

「やめろ!」

 鈍い音を立てて、ルフィの頭の頂点にトウシン杖の先が振り落とされる。

「何すんだよおっさん」
「何すんだよ。はこちらのセリフだ! 話を聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ。今は大丈夫なんだろ? 話がしたいんだよヒノデと」

 頭を杖で叩かれた事は意に介していないのか、全く気にする事なく話し続けるルフィに、トウシンは頭が痛くなるのを感じてこめかみを揉みほぐしながら、問いかける。

「何故そんなにヒノデと話がしたいんだ? ヒノデとそんなに関わっていないだろう?」
「ヒノデは良いやつだから、仲間になって欲しいんだ!!」
「仲間って……海賊のか?」
「そうだ!」

 ますます頭が痛くなるのを感じて、トウシンは髪をかきあげながら、腹の中に渦巻いた様々な感情を吐き出すように、深く息を吐く。その様は、一介の老人には思えないほどの圧があったが、ルフィは一切気にすることなく屈託のない笑みを浮かべながら、楽しげに体を左右に揺らしている。

「ヒノデは良い奴で、ナミの友達で、強くて根性がある良い奴だから仲間になって欲しいんだ!」
「……ヒノデは海賊に捕まってたんだ。お前の提案に乗ると思うか?」

 静かにヒノデの眠りについている姿を見下ろしながら、トウシンが小さく問う。白い布団に包み込まれて眠っているヒノデの姿は、頬は痩け、瞼は落ち窪み、顔色は色白な事を差し引いたとしても、肌も唇も青白く生気を感じない。それこそ死んでいると言われた方が納得できるくらいだ。微かに上下する掛け布団だけが、ヒノデが生きている事を実感させている。
 治療が終わったらしいドクターやゾロも、二人──今は寝ているが当事者のヒノデを含めた三人のやり取りを黙って見守っている。
 ルフィはトウシンの言葉にヒノデを見つめ、黙って考えるような素ぶりを見せたが、直ぐにまた屈託のない笑みを浮かべた。

「分からねェ、でもおれはヒノデに仲間になってほしい。気に入ったんだ。一緒に旅してェ!」
「そうか。だが、ヒノデはお前の誘いには乗らないと思うぞ」
「そんなの分からねェだろ」

 唇を尖らせて、そっぽを向くルフィに、トウシンは厳しい口調で言葉を続ける。

「ヒノデは、お前達が思ってる以上の問題を沢山抱えているんだ。その問題を解決する事がヒノデの何よりも優先すべき大切な事なんだ。それ以上のものは……きっと、無い」

 どこか一抹の寂しさを抱えている声色で話すトウシンに、黙って話を聞いていたゾロがルフィに変わって話を続ける。

「優先すべき事ってなんだ? ナミやこの村の事じゃねェのか」
「もちろんナミや村の事もヒノデは心の底から大切に思ってくれているだろう。でなければ魚人相手に啖呵を切るようなことはしない」
「そいつ魚人相手に喧嘩売ったのかよ……」
「喧嘩を売ったと言うよりも、ワシや他の者たちに危害が及ばないように、自分に悪意を向かわせた。と言う方が適切だな」

 ココヤシ村でヒノデが魚人に連れて行かれた時のことを思い出しているのか、トウシンの表情に暗い影がさす。自分の体が病に侵されていなければ。そう思わずにはいられないのだろう、膝を握り締める手の指先が白く変わっていた。

「ヒノデは……辛かったり悲しかったり、怖かったりしたら人並みに泣くし恐怖するし、時に怒る子だ。でもここぞと言う時は他者を優先して、自分を後回しにしながら気丈に振る舞える子なんだ……。振る舞えてしまえる子なんだ」

 未だ眠り続けているボロ切れのような姿のヒノデの姿に、トウシンの瞳に水が張って煌めく。

「だからこそ、ヒノデはお前たちの仲間にはならん。自分の事情に誰かを……特にナミを巻き込むことはしたくないはずだ」

 顔にかかっている、水分を失ってパサパサの髪を優しい手つきでどかしながら、ヒノデの頬を指先で撫でた。その姿は窓から差し込んでくる陽の光も相まって、スポットライトが当たっているようで一種の絵画のようにすら思えた。

「それでも誘うつもりか?」

 ヒノデから視線を外し、ルフィの瞳を射抜くような目で見つめる。ルフィは重力すら感じれるようなトウシンの瞳の強さに、目を逸らすことも、顔色すら変えることもなく、事も何気に答える。

「誘うよ。仲間になってほしいし、おれはヒノデと一緒に旅がしたいんだ」

 普段の快活さは鳴りを潜め、そこに居たのは一船の船長の姿だった。
 その姿に、トウシンは遥か遠くにある色褪せない景色を思い出し、ルフィの麦わら帽子に今は亡き人の姿が瞼の裏に浮かび、目元を片手で隠したまま、トウシンは普段の姿からは考えられないほど大きな笑い声をあげた。突然笑い出した、普段のどちらかと言うと厳格な姿のトウシンからは考えられない姿に、ドクターは目を丸くする。

「おいおい、どうしたんだトウシンさん」
「ボケたか?」
「お前も殴られたいのか?」

 片手を外し、ゾロに向かって杖を小さく振るトウシンの姿に、ゾロは嫌そうに顔をしかめる。

「それにヒノデは刀鍛冶なんだろ? ゾロは世界一の剣豪になるんだ。だから刀鍛冶は必要だろ? な!!」

 笑顔で振り返られたゾロは、まさか自分に話を振られると思っていなかったのか、少し驚いたように片眉をあげると、ヒノデに目を向ける。

「必要が必要じゃないかと言われたら、必要だがよ……」
「だろ!! じゃあやっぱりゾロもヒノデに仲間になってほしいよな!」
「それとこれとは話が違うだろ。こいつが仲間になりたいって言わない限りは、おれ達で話してても意味ないだろ」
「そりゃそうだけどよ」

 納得できないのか、先ほどと同じように唇を尖らせるルフィに、溜息を吐いてゾロはトウシンへと体の向きを変える。

「こいつが仲間になるかどうかは置いといて、刀鍛冶の腕はどうなんだ? あの人間を見下しているアーロンが……あれだ、手元に置いておくくらいだから心配はしてねェが」

 流石に監禁とは言い難かったんだろう。言葉を選びながら話すゾロに、見た目に反して意外と気遣いができる男だな。なんて、失礼なことを心の中で思いつつ、トウシンは一切の迷いなく答える。

「まだまだ発展途上ではあるが、いつかはイッセンを超える存在だとワシは確信してる」

 本気で信じているのか、躊躇する事すらなく答えたトウシンに、ゾロは微かに目を丸くすると、口元に不敵な笑みを浮かべた。

「そりゃいいな」
「そうだ、いいだろう」

 まるで自分の事のように、自慢げに笑うトウシンの姿に呆れながら、二人はベッドので眠り続けているヒノデに視線を向ける。途中から話に入れなくなって暇になったのだろう、ヒノデの髪で三つ編みらしいきものをしていたルフィに、再びトウシンの杖が振り落とされた。

「とにかくヒノデを仲間にしたいのなら頑張るんだな。この子は意外と頑固だぞ」
「おう!! 楽しみだな〜早く目を覚ましてくんねェかな」

 相変わらずトウシンに殴られたことなど気にせず、心底楽しそうにヒノデの顔を覗き込むルフィに、周囲の人間は呆れたような、仕方ないとでもいうような顔で口元に微かに笑みを浮かべた。


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