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●「七夕」に会いましょう
「ねえ知ってる?今日「七夕」の日なんだって」
『はあ?』
電話越しに聞こえた彼氏の声は、すごく間抜けだった。
おそらく、彼はぽかんとして口をだらしなく空けているのだろう。
「七夕っていうのは、日本の行事のひとつで、折り紙を飾ったり星を見たりする日なんだって」
『………へえ』
「ちゃんとクリスマスみたいに由来もあるんだよ。
昔、「ヒコボシサマ」と空の上に住んでる「オリヒメサマ」が恋に落ちたんだって。あんまりお互いを思いすぎて、仕事を全くしないからオリヒメサマのお父さんが二人を引き離しちゃったの。
でも、引き離しちゃったらしちゃったで悲しみに明け暮れて仕事が手に着かなくて、仕方なくお父さんは、7月7日だけ二人が会ってもいいよ、って許してくれたんだって」
『それは神話か?童話か?』
「「おとぎ話」っていうらしいよ」
私とギリくんは、遠距離恋愛と言われるくらい住んでいる所が離れている。人によって距離は違うけど、片道車で一時間なら結構離れているんじゃないだろうか。
だから、電話やメールは、数少ない連絡手段のひとつだった。
「……ねえ、ギリくん。今日、会えないかなあ」
『んあ?』
電話越しに届いた声は、先ほどと同じように間抜けだった。
「だって、オリヒメサマとヒコボシサマも今日は会える日なんだよ?」
『俺とスイはそのオリヒメサマとヒコボシサマじゃないぞ』
「そうだけど、ギリくんは会いたくないの?もう、全然、会ってないじゃない」
『……時間的に難しいだろ』
「………うん」
時計をちらりと見た。今は夜の11時45分。確かに今から家を出るには遅すぎる時間だ。
でもギリくんはコックをしていて忙しい。彼の仕事が終わるのはいつも夜の10時だ。
前に、8時頃に電話したら切られてしまったことがある。
本当はもう少し早くに、そしてたくさん話したい。でも、だから、こんな時間に電話しているのだ。
「ごめんね……勝手なこと言っちゃって」
ざあああ、と雨の降る音が、家の中でも聞こえてきた。
今は梅雨の季節だ、比較的多く雨が降る。私は雨はあまり好きじゃなかった。今日みたいに気分が下がってしまうから。
「オリヒメサマとヒコボシサマってね、7月7日に雨が降ると会えないんだって」
ぽつりと、私はつぶやいた。
そう、オリヒメサマとヒコボシサマは、雨が降ると一年に一度としか会えないこの日でも、会えなくなるらしい。
ギリくんが忙しいのはわかってる。私も成人してないけど働いている身だからそれは十分理解している。
でも、だからこそ、お互いの予定が会わなくて会えずにいたのだ。
『……やけに俺達とその2人をかけ合わせるな』
「ごめんね、変なこと言って」
私は、自分に対して苦笑した。ムリなことは理解していたつもりなのに。
やはり恋をすると感情の起伏が激しい、どうしても我慢が出来なくなってしまう。
自覚はしていても、それを行動にあらわすとなると難しいことだった。
「やっぱり、またこんど会おうよ。ギリくん今後の予定とかわかる?」
『今すぐにはわからないが……なんだ、今日会うのは諦めたのか?』
「うん。仕方ないよ」
『そうか、じゃあ……』
「このケーキと飯はもういらないか」
がたん。
座っていた椅子が、派手に音を立てた。
「ギリくん………!」
『「1ヶ月ぶりだな、スイ」』
リビングの扉の前に立っていたのは、私が会いたくて待ち焦がれていた彼氏だった。
ギリくんは、いつも着ている黒で統一された格好をしていて、髪の毛は雨に打たれたせいか、少し濡れていた。
心臓が、止まるかと思った。まさか、会いに来てくれたなんて。
ギリくんは私が驚いているのを見て、「なんだ、幽霊でも見たような顔して」とせせら笑った。
『「生憎ケーキは市販だが、「そーめん」とデザートの「ワラビ餅」、特別に作ってやったぜ」』
にやり、とギリくんは笑いながら手に持っていた袋を掲げた。
ひとつは恐らく、ケーキが入っているものだろうが、あとの二つはよく見慣れたものだった。
まだ電話越しに話しかけてくるものだから、電話の方が、彼の声が聞きやすかった。いや、聞きやすいというより、彼を身近に感じられるからかもしれない。
「ギリくん……今日七夕って知ってたの?」
「同僚からちょっとな。お前より詳しくは知らなかったけど」
ぷち、と電話を切って、彼は私に歩み寄った。近くでみるとかなりびしょ濡れで、彼が急いで来たんだというのがわかった。
ぽーん。携帯が、深夜0時を知らせるアラームを奏でた。
ギリくんはちらりと壁にある時計を見る。時計も、丁度0時を回った頃だった。
するりと、ギリくんは私の髪を撫でた。
「さてお嬢さん、オリヒメサマとヒコボシサマは7月7日しか会えないらしい。俺は明日、休みをとってあるが……どうする?」
にやりと、今度は悪戯っぽく笑った。
そんなの、もちろん答えはひとつだ。
「一緒にいる!」
私とギリくんは、お互いに目を合わせて、ふふっと笑った。
「とりあえず、お風呂に入ってきなよ。ギリくんびしょびしょだし、風邪ひくよ」
「それもそうだな……ひさしぶりに一緒に入るか?」
「もう入っちゃったけどもう一回入る〜」
「なんだよそれ」
我ながらゲンキンだな、と思う。
さっきまで寂しくて泣きそうだったのに、今はもう、こんなに幸せでいっぱいだ。
けらけらと笑いながら、私たちは脱衣場へと向かった。
……ねえ、ギリくん、これは知ってる?
七夕では、短冊に願い事を書いて、笹の葉に飾ると、オリヒメサマとヒコボシサマが願いを叶えてくれるんだよ。
ちらりと、脱衣場へと行く前に、机の上に置いてある色紙を見て、私は心の中で呟いた。
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二人とも日本人じゃないので、そうめんとか彦星とかカタコトという設定。
因みに主人公はギリくんに合い鍵を持たせてます。
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