青の破軍
5
さて、ブリッジの人たち全員にご飯を配って、キッチンにがま口返して本当に休憩を取ろうとしていたとき。
廊下をハロと一緒に漂っていると、お嬢さんとタブレットに向かってる何人かの子供たちを見かけた。
「タカキくん、みんな何してるの?」
「あ、アイリンさん。今文字を習ってるんです」
タカキくんの話によると、さっき格納庫でお弁当を配っている最中にミカちゃんが文字を読み書きできないって話になって、お嬢さんが文字を教えるって言ったらタカキくんとちっちゃい子たちもついて来たんだとか。
バルバトスの整備やその他の仕事も忙しいのに、タカキくんも頑張るなあって言ったら「いつか、鉄華団の役に立てたらなあって思って」って返ってきた。
まあ、この中で文字の読み書きできるのってビスケットくらいで、オルガもちょっとは読めるみたいだけど、たぶん専門用語だけギリギリって感じだろうし。文字が読める子が一人でも増えたら仕事がやり易くなるだろう。
タカキくんはほんとに頑張りやさんだなあ。ちょっでも早く年長組に追い付こうって頑張ってる所が、……うん、なんかかわいい。
タカキくんのタブレットを覗いてみると、いかにも小学生みたいな不格好な文字が羅列してあった。
タカキくんは自分でもあんまり上手くないと自覚があるのか、へへへっ、と頬を掻いた。
「タカキくん、ここのスペル違う。たぶんCHUかな」
私は指で間違った場所を消して、正しいスペルに直した。
「アイリンさん、文字書けるんですか?」
まあね、と私が頷くと、タカキくんは目をぱっと輝かせた。
「すごいですねアイリンさん、MSの操縦も上手くて文字も書けるなんて!」
「いやー、いっぱい練習したもんね」
宇宙での共通文字が英語だったもん、ムチャクチャ勉強したわ。だって文書も読めないしメモとか書けなくて同僚に鼻で笑われたりしてすっごい恥ずかしかったよ。
それにしても言葉は日本語で通じるのに文字は英語とかわけわかんないよ。最初ワケわからなすぎてどうしようかと思ったわ。トリップってまじすごい。不思議。
「そうだタカキくん、漫画読んでみない?」
「まんが、ですか?」
タカキくんは丸い目をぱちくりさせながら顔を捻った。
「私もそれで覚えたんだけどね、絵があるから言葉がなんとなーく入りやすいんだ。タブレット持ってきてくれたらデータ移すよ?」
文字を覚えるには漫画とか新聞がいいってよく言うもんね。練習がてら日本の英語版漫画を大量にハロにダウンロードしてたから、そのデータがまだ入ってた気がする。
あと自分の知ってる漫画のことを語れるのも嬉しいな。ここの人たち漫画とか全然読まないんだもん。CGS時代にそんな余裕はなかったけどさ。
「あの、アイリンさん、まんがってなんですか?」
……。
漫画を知らない……だと……!?
まじかよ、オタク大国日本の代名詞とも言える漫画ぞ? 外国でMANGAって大人気ぞ? 今や日本人のほぼ全ての国民が読んでると言っても過言ではないのに……!
漫画を知らないとは人生むっちゃ損してるよ。このあと無茶苦茶ダウンロードしてあげるからね。
「おい、何やってんだふたりとも」
「ユージンさん!? びっくりしたあ」
気がつくと、さっきまでブリッジにいたユージンがタカキくんとの間にひょっこり顔を覗かせていた。
「文字の練習してたの。タカキくんがお嬢さんから習ってるっていうから」
「なんでお前が教えてんだよ」
「私だって文字書けるから。アドバイスしたっていいじゃない」
ユージンは元からたれ気味な目をさらに細くして私を睨んだ。
いやいや、なんでユージンに睨まれなくちゃなんないの。なんか怒られるような事した?
「俺も習う」
ユージンは無理矢理私とタカキの間にどかっと座った。
「ひとりでも多く文字が読めるようになった方がいいだろ。教えろアイリン」
「はあ? なんで私が」
「お嬢様はガキのお守りで忙しいだろ! ひとりに負担かけさせる気か!」
「だったら独学で学びなよ。私だって忙しいんだから」
「なんで俺は駄目でタカキがいいんだよ!」
「タカキくんはかわいいからいいんですぅーっ!」
見なよタカキくんの可愛さを! この愛らしい顔! 子犬みたいな性格! そんでもって中々背が高いってギャップ!!
もうこれアトラと並んで天使だよね? 男臭い鉄華団の中に舞い降りた二人のエンジェル! 大天使タカエル!! まあタカキくんもわりと男臭いけど、そこもまたギャップだよね!!
ほら見ろかわいいって言われて、うろたえる姿がまたかわいいだろ!かわいすぎて変な声出そう! なんかこう世話したくなっちゃうよね! それでキラキラした目で見られるとか最高じゃないですかやだー!!
……とはさすがに口に出せないから、喉元でぐっと押さえたけど。これ口に出したらだいぶあかんやつや。
『ハロ、オシエル、オシエル』
「いやロボットには無理だろ」
『デキル、デキル』
「ほんとかあ?」
ユージンは身を屈めて机の高さまでピョコピョコ跳ねるハロを睨んだ。ハロはたえず『マカセロ、マカセロ』と言っている。ほんとに教えられるのかね。
「ちっ、しょうがねえな。一回5000円」
「金取るのかよ!? しかも高っ!」
「はいもう契約成立しましたー。まずは自分の名前を書いていこうねー。『You GM』 って書きましょうねー」
「ああ、ああ、わーったよ! 金は払わねえからな!」
ユージンは半ばキレ気味でタブレットに向かって指を動かした。だからこの人なんでこんなにキレてんの。
目が悪くなりそうなくらい近距離でタブレットを睨んでいるユージンを眺めていると、横からタカキくんが耳打ちしてきた。
「あの、アイリンさん。ユージンってあんな書き方じゃないんじゃあ……」
「そのうちちゃんと教えるから、今はほおっときましょう」
ビィィィィッ。
ビィィィィッ。
艦内に、甲高いサイレンが響いた。
全員がぴたりと動きを止めて、スピーカーを見る。
「警報?」
また何か見つけたのだろうか。ギャラルホルン?
「悪いアイリン、ブリッジ行ってくる」
ユージンは急に険しい顔つきになって、タブレットを放りブリッジへと向かった。さっきまであんなにイライラしてたのに。軍人魂っていうの? 身に付いてるんだなあ。
やっぱり私もブリッジへ行こう。なんか、今行ったら面白いことになりそうな気がする。
「タカキ、私も行くね」
「ああ、はい!」
タカキくんははっとしたように答えた。どうやらあんまり突然すぎて頭がついていかなかったらしい。
急いで部屋から出て、壁を蹴りブリッジへ向かう。後ろからハロもついてきた。
何か悪いことが起こるような、でもとても楽しいことのような。
私は、自分の血が騒ぐのを感じた。
to be continued…….
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