硫安朱子
硫安朱子は探偵見習いだ。父と母も探偵だった。過去形なのは単に今何をしているか分からないからだ。
母は失踪した。事件をおっている最中だったらしい。行方はまだ分からない。父は既に亡くなったと聞いている。遺体は見せてもらえなかったので本当に死んでいるかは分かっていない。しかし葬式を挙げた以上、世間的には死亡扱いになってしまうだろう。
私が探偵見習いと名乗っているのはある探偵の助手をしているからだ。父と母はその探偵と個人的な付き合いがあったらしく、自分たちに何かがあったら宜しくと頼んでいたそうだ。その探偵から聞いた話なので本当かどうか定かではない。しかしまあ。それはどうでもよいことなのだ。
「朱子」
自分の名前が呼ばれて振り向いた。男──安室透──は手を上げてこちらに笑いかける。
相変わらず童顔だ。そう言えば怒られるに違いないので言葉にしないでおく。
「やあ」
「こんにちは」
軽くお辞儀をした。会釈は大事だ。
「なにか事件でもありましたか?」
「そんな毎日事件は起きないよ」
私の言葉に安室さんは苦笑いを浮かべる。
それもそうか。そんな毎日事件があったら警察は手が足りないし、探偵がいくら居ても事件解決には向かわない。
しかし。それなら何の用だろう。何のためにここに足を運んだのだろう。君も探偵なんだから僕が何をしに来たのか当ててみなよ、と言う安室さんに片っ端から予想を投げていく。
お喋り、餌付け、金銭目的、その他エクストラ。色々上げていったがどれも外れであった。
「じゃあ何をしにきたんですか?」
「頼みがあってね」
頼みだなんて珍しい、この人がそういう案件を持ってくることは少ない。もしかすると両親に無理はさせるなとか、変なことはさせるなとか、そういったことを言われていたのかもしれない。
安室さんが隠していた袋を私に見せる。その袋に視線を奪われる。そして目が輝く。
おお、それは……!?
「お土産も持ってきたし家に入れてくれないかな?」
「いいですよ、寧ろ喜んで!」
安室さんの掲げた袋を見て了承した。その袋に書かれていたロゴはかなり良いお店の、今流行りのスイーツ店のものだ。(テレビで放送されているのを見たことがある)
今時の女の子は甘い物と限定品には弱いものなのだ。そんなものがあるなら即了承、どんな頼みでもかかってこいという勢いである。
「おじゃまします」
スリッパを出して部屋に上がらせる。勿論先程のお土産を貰うことも忘れずに。お土産の中身はケーキだった。ケーキなら紅茶か珈琲が良いだろう。
「じゃあ私お茶でも淹れてきますね」
「ああ、お構いなく」
お構いなくと気遣う安室さんを無視してキッチンへ向かった。正直に、私が飲みたいだけである。
安室さんなら紅茶よりは珈琲の方がいいだろうという偏見で珈琲を用意した。どっちを出しても文句を言うような人ではないので問題無い。
「気を遣わせて悪いね」
「いえ、私が飲みたかっただけなので……、珈琲で良かったですか?」
「うん、ありがとう」
テーブルの前に座り、珈琲とケーキを置いた。
「それで、頼みって何ですか?」
ケーキを一口、つけながら聞く。
私に頼むということは私にしかできないことだとは思うけど、同時に私でも出来る簡単なことなんだろう。