目覚めては涙溢れる深夜

いつもそうだった。私の側にいる人たちはいつも不幸になる。親しくなればなるほど、私に向けていた笑顔は絶望の顔に変わる。

私は、何故のうのうと生きているのだろう。

死に損ないの私は、鱗滝左近次という鬼殺隊の育てに拾われた。最初はただ、大きくなるまで家に留めておくつもりだったようだ。しかし、私のこの鬼に遭遇しやすい体質をみて、戦い方を教えることに決めたようだ。

「いいか、深雪。鬼の首を切れ。誰よりも多く。お前にはそれができる。」

そう言って送り出してくれた私の恩師。だけど、私はやっぱり人を不幸にするようだ。
最終選別ではあんなにもたくさんの人がいたのに、結局生き残ったのは私だけだった。

『私だけが生き残ってしまった。みんな私なんかより、生きる資格があったのに。私のせいで…』

その言葉を聞いて、恩師の鱗滝さんは私を抱きしめた。その腕の温もりを忘れることはないだろう。

「深雪、お前は十分強い。最終選別を乗り越えたのだから。それにお前は自らの力で呼吸を生み出した。誰にでもできることではない。」
『鱗滝さん…』
「自分をあまり責めるな。いいか、悪いのは全て鬼だ。お前が悪いのではない。」

優しい温もりと言葉は少しだけ私の心を溶かしたような気がした。
だけどやっぱり、救える命は限りがあった。顔見知りになった街ゆく人は月が顔を出す頃には私の目の前で息絶えていた。
真っ赤に染まる地面。その先にはやはり鬼がいた。

『雪の呼吸 壱ノ型 吹雪』

どさっと倒れ込む鬼を見る。なんの感情も生まれてこない。きっとこの鬼も鬼になりたくてなったわけではないのだろうけど、それでも罪なき人の命を奪っている。いや、私のせいか。私がこの街に来たから、この鬼もこの街に来てしまったのかもしれない。

『また…生き残ってしまったのは私。』

そんなある日、私は産屋敷家へ呼ばれた。
着くとそこには何人もの隊士…柱がいた。
なぜ、柱がいるこの場に自分が呼ばれているのかが分からなかった。

「あら、あなたは?」

優しい笑みでそう尋ねたのは、蟲柱の胡蝶しのぶだった。鬼殺隊で唯一鬼を殺せる毒を作った人だった。どの柱も噂では聞いたことはあったが、会うのは初めてで、柱たちは私のことを知る人はいなかった。

「おや、もう来ていたんだね。」

落ち着いた優しい声が聞こえたと思うと、柱たちは一斉に頭を下げた。それに倣って私も頭を下げる。

「お館様、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます。」
「ありがとう、実弥。みんなもよく来てくれたね。ついこの間集まってもらったばかりだったが…またすぐに呼んでしまってすまないね。」
「いえ…それで、私たちが呼ばれた理由は彼女にあるのでしょうか。」
「あぁ、そうだね。しのぶ。彼女のことを紹介しなければならないね。深雪。」

ゆっくりと顔を上げると優しい表情が私を見つめていた。

「深雪、私は産屋敷耀哉。君のことはよく聞いているよ。君は君を恨んでるんだね。そして死ぬべきは自分自身だと思っている。」
『…その通りでございます。私のせいでみんな不幸になっていますから。』
「違うよ。深雪。君は確かに鬼を引き寄せる体質なのかもしれない。だけど、周りを不幸にしているのは君ではなく鬼だ。自分のことをそんなに責めてはいけないよ。」

この人も鱗滝さんと同じことを言った。信じたいと思うこともあった。その言葉を。だけど、実際はそうではないのだから、仕方がない。信じることができない出来事の方が圧倒的に多い。

「あぁ、紹介がまだだったね。深雪、紹介してもらってもいいかな。」
『…階級、甲。美影 深雪と申します。』
「育てはどこだ?」
『鱗滝さんです。』
「おいおい、冨岡!お前知ってたのか?」
「いや、俺は知らない。」
「派手にひでぇ奴だな。てことは、お前も水の呼吸なのか?」
『いえ、私は雪の呼吸です。』
「雪の呼吸…初めて聞く呼吸ですね。」

柱が物珍しそうにしていると、お館様は微笑みながら話し始めた。

「近いうちに深雪を柱にしようと思っていてね。」
『えっ…』
「君は十分に強いからね。柱の称号は相応しいと思っているんだよ。9つの柱を10に変えてもいいとも思うほどにね。」
『そんな…私には役不足でございます。』

いつ死んでもいいような人を柱として立てるわけにはいかない。柱というのは、皆から尊敬されて士気を高める人のことを言う。私がなったら、士気が高まるどころか、絶望で満たしてしまう。

「君はまだ自分を信じる面で強さが足りない。だからね、杏寿郎にお願いがあるんだ。深雪を君の継子にしてほしいんだ。」

お館様の目線の先には杏寿郎と呼ばれた青年がいた。
赤くて大きな瞳に黄色と赤の髪。一際目立つその人は大きな声で返事をした。

「はい!この煉獄杏寿郎、彼女を立派に育てると誓いましょう!!」

どんどん話が進む中、口を出せずにいると先程の青年が私の前に来て、勢いよく手を握った。

「俺は炎柱、煉獄 杏寿郎だ。よろしく頼む。」
『で、でも…』
「深雪、大丈夫。杏寿郎は強い子だ。」

自分と一緒にいると不幸になるという呪縛を優しく否定する。そして、安心させるようなその声色に私はいつの間にか頷いていてしまった。

「決まりだね。よろしくね、杏寿郎。そして、強くなってまた会える日を楽しみにしているよ。深雪。」

優しくそう言ったお館様は立ち上がると、その場を後にした。

「美影といったな。改めてよろしく頼む。」
『…はい。ご迷惑おかけしますが…よろしくお願いします。』
「迷惑だとは思っていない!」
『…ありがとうございます。』

優しい人なのだということはすぐに伝わった。だけど、私とは正反対で凄く眩しく見えた。この人に見限られるのも時間の問題だと思うほどに。

「深雪ちゃん、煉獄さんはとても優しい素敵な人だよ。私が保証する!」

にこにことした顔でそう言ったのは、恋柱の甘露寺蜜璃だった。
話を聞くと、彼女の育ては煉獄さんだったようで、とても感謝しているようだった。

「またお話ししましょうね!」
『えぇ…また。』

すごく可愛らしくニコニコ話す彼女は、まるで友達のように話しかけてくれる。だからこそ、距離を置きたいと思った。あの人を不幸にはしたくなかった。

「美影。俺の家に行こう。案内する。」
『はい。』

大きな背中を見つめながら後を追う。
この人は一体どれほど鍛えてきたのだろう。私じゃ比べものにならないくらいの強さを肌で感じる。これくらい強くなれば救える命ばかりなのだろうか。

「ついたぞ。ここが俺の家だ!暫くはここで稽古をするつもりだ。」
『わかりました。お世話になります。』
「うむ。ついてこい。案内しよう。」

広々とした家を案内してもらうと、どこからか甘い香りが私を誘うように流れてきた。

「美影は甘いものが好きか?」
『え?あ、はい。好きです。』
「そうか。俺も好きでな。きっと君も千寿郎が作った菓子を気にいるだろう。」

どんな相手も射抜くような瞳が細められ、優しく笑う煉獄さん。同一人物かと疑いたくなるほどに、今の表情は弟を想う優しい兄の姿だった。
それから、猛特訓の日々が始まった。今までだって鍛錬はしてきたつもりだが、それ以上のものが待っている日々だった。
煉獄さんは強さに貪欲だった。ただ一心に強くなりたいという思いが彼を突き動かしているように見えた。

「どうした!君ならもっと力を出せるだろう!」
『…っ!』

出したいと思うけど、出させてくれないじゃないかと思いながらも煉獄さんのすきを見計らいながら攻撃を受けるが、全く隙がない。
隙がないなら…作るしかない。
どうにか隙を作れないかと思考を巡らせる。受け続けている手ももう限界に近い。

『煉獄さんは近距離攻撃が得意なのですね。私は中距離なので…』

息を大きく吸い込み、脚にグッと力を入れる。そして次の瞬間、後ろへと高く飛んだ。
その行動を見た煉獄さんは、もともと大きい瞳がさらに大きくなった。

「どうした、間合いに入らないと鬼の首は切れないぞ。」
『…もし、煉獄さんレベルの鬼と出会ったら、今の私じゃ近距離での戦闘は死ぬだけ。距離が離れれば離れるほど力を増す技をすれば話は別ですが。』
「それは面白いな。やってみろ。」
『…雪の呼吸 壱の型』

大きく息を吸い込む。それと同時に足に力をぐっと入れる。

『吹雪。』

勢いよく回れ。徐々に間合いを詰めていけば勝機もある。
煉獄さんの周りを目に止まらぬスピードで走り続ける。まるで雪が吹雪いて見えるような技の壱の型は、徐々に間合いを詰め、気づいた時には首元にいるという技。
格下の鬼には周りを走らずとも、勢いよく間合いを詰めるだけで良いが、煉獄さんにはそれでは敵わない。
吹雪のように、私自身の姿を撹乱させなければならない。

今だ。

首元を狙って刀を突き立てようとしたその時、煉獄さんの赤い刀がそれを阻止した。

「うむ。いい動きだった。もっと鍛えればもっと強くなるだろうな。」

止められた途端、足腰に力が抜けてしまいその場に座り込んだ。すでに私の足は限界を超えていたのだろう。

「大丈夫か。」
『はい。』
「つかまるといい。久しぶりに楽しい鍛錬ができて興奮してしまったようだ。すまない。休憩を挟むべきだったな。」
『いえ、そんな…』
「無理はいけない。休むことも大切なことだ。」

差し出された手にそっと自分の手を重ねる。当たり前だが、煉獄さんの手は鍛錬を何度もしてきている勲章のように、ゴツゴツとしていた。そしてその大きな手は私のでなんかすぐに包みこんでしまった。

「うむ。美影は甘いものは好きか?」

唐突なこの質問に答えれば、あれよあれよと連れていかれる。その先には千寿郎くんが笑顔で待っていた。
夢に見た光景。いや、もうずっと夢すら見てこなかったこの光景に私は心から安堵した。
まだこんな温かな場所が私のそばにあるなんて。
不思議と怖くなかった。壊れていくと思わなかった。だって、目の前にいる煉獄さんはすごく強かったし、私も多少なりとも強くなった。

そんな油断が身を滅ぼすだなんて思いもしなかったのだが。

今は…今だけは。