GWも過ぎると春の名残も感じず、足早に夏の訪れを感じる。薄い色合いだった木々と瑞々しい深緑へと色を変え、晴天の続く空に良く映えた。
気温だけなら夏日と変わらない暑さは、立っているだけでもじわりじわりと体力を削られる。屋内競技とは言えハードな練習を熟す部員達も、いつも以上にこまめな水分補給をしなければ熱中症になりかねない。普段の倍以上のドリンクを用意し、すぐに補充できるように粉と水を横に置いて休憩時間に備えた。
案の定休憩に入ると同時に我先にとドリンクに群がる部員を捌き、配り終わる頃には第二弾を作り始める。
早々に飲み干した小太郎くんは、空いたボトルにドリンクの粉末を入れていく私の手元をじっと見つめ、感心したような声を洩らした。
「なまえってドリンク作んのすげーはえーよな」
「そう?」
「それ私も思ってたの。分量量ってるように見えないのに、いつも同じ味よね」
相槌を打つ玲央ちゃんの空いたボトルを受け取り、流れ作業で同じ量の粉末を入れる。
水を入れたボトルを振りながら、つい数秒足らず前のことを思い出す。けれど、中学の頃からルーティーンと化した行動は、無意識下の内に行っている為にいざ思い出そうとしても明確な言葉に表すほどハッキリとは浮かばなかった。
「こういうのって慣れじゃない?皆が当たり前のようにレイアップ決めてるのと同じだよ、多分」
「そーゆーもんかねー」
「なまえは昔から手先も器用で要領が良かったからな」
「あ、ありがとう……なんか意識したことなかったから褒められると変な感じするね」
市販の粉末を水に溶かすだけでこんなにも褒められると複雑である。けれど自分自身の実力が高過ぎるが故に滅多に人を褒めない征十郎に褒められると悪い気はしないのも事実だ。もっとも、『征くん』よりも盲目的に私に甘いせいなのだが。
「しっかしあちーなー」
「五月でこんなに暑いなんてやんなっちゃうわね」
「熱中症は室内でもなるから、水分沢山とってね。ほら永ちゃん、ちょっと濃いめに作ったよ」
「お、さんきゅーなまえ」
「征十郎も汗拭いて。黛先輩、新しいタオルです」
征十郎のこめかみをタオルで抑えながら黛先輩に新しいタオルを差し出す。何故か複雑そうな顔の黛先輩に首を傾げつつ、他の部員にドリンクとタオルを配りに回った。
今のところ熱中症になりそうな人はいないが、この暑さだと時間の問題だ。練習メニューを前倒しで夏仕様にするよう進言しようとバインダーにメモを書き留める。
不意に紙に影がかかり顔を上げると、満面の笑みを浮かべた小太郎くんと目が合った。
「なーなーなまえ!今年の祇園祭は赤司と黛サンも入れて六人で行こーぜ!」
「祇園祭?」
「おい、オレを入れるな」
「黛サンもたまにはいいっしょ!」
「楽しそうだけど、六人であんな所行ったら絶対はぐれるわよ」
「オレは食えれば何でもいいぜ!」
わいわいと騒ぐ彼らに目を瞬かせ、すぐ側で彼らを眺める征十郎を見やる。征十郎にしては珍しく少し楽しそうに笑っているのを見て、息を呑む。ほんの少し昔の面影を覗かせるその表情に、外気の暑さとは違う内からの熱が顔に集まるのを感じた。
思わず見つめてしまったのであっさりと征十郎に気付かれ、悪戯っぽく笑いながら顔を覗き込まれる。
「僕の顔に何かついてたかい?」
「う、ううん!暑くてボーッとしてただけ!」
全部見透かされているのは承知の上で、芽生えたちょっとした反抗心が慌てて誤魔化す。全然誤魔化せてないどころかクスクスと可笑しそうに笑われ、余計に顔が熱い。
「そ、そう言えば鴨川の川床も出てたね」
話を逸らそうと、最近買い出しで通った際に見かけた光景を話題に出す。
幸い、わいわいと話をしていた小太郎くん達が乗って来てくれた為に征十郎の揶揄いからは逃れることが出来て胸をなで下ろす。それすらもお見通しだといった顔で笑みを浮かべる征十郎は見ないふりだ。
「一度行ってみたいんだけど、ちょっと敷居が高そうよねぇ」
「有名店や老舗が多いからな」
「永ちゃん、焼肉食えるとこあるらしいぜ!」
「おいマジかよ!そこにしようぜ!」
「黛先輩、納涼床とか似合いそうですね」
「あそこが似合うって何だよ」
盆地故のじめじめとした暑さは夏本番にもなれば外出するのも億劫になる程なのだが、昔ながらの打ち水や穏やかな川の横に並ぶ座敷席、都内よりはよく見かける涼し気な浴衣を着た人々のおかげか、清涼感がある。
川床も鰻や鱧と行った老舗の高級品が並ぶ店もあれば、少し頑張れば高校生でも手の届くリーズナブルな場所もあった。
インターハイ直前の祇園祭で人混みに揉まれるよりも、祭りが終わる頃に川床でのんびり涼を楽しみたい。先程まで祇園祭だと盛り上がっていた小太郎くん達もすっかりその気らしく、征十郎を窺うと、穏やかに笑みを浮かべこくりと頷く。
「インターハイが終わったら祝勝会も兼ねて川床に行こう」
征十郎の提案に玲央ちゃんは「流石征ちゃん!」とハートを飛ばし、小太郎くんと永ちゃんはハイタッチをして喜んだ。黛先輩は何とも言えない表情をしていたが、このメンバーのやり取りを案外嫌ってはいないことは、樋口先輩にこっそり聞いた話だ。
「インターハイは優勝するしかないな!」
「僕がいるんだ、勝利は絶対だよ」
「もう、頼もしいわね」
スポーツ程勝利が不確かなものはないのに、皆の自信の有り様に苦笑してしまう。それでもこのメンバーでは負けることを想像出来ないのだから、純粋な畏怖すら感じる。
そうこうしている内に休憩時間は終わり、部員はそれぞれのメニューを熟す為に体育館やトレーニングルームへと散り散りになっていった。取り残されたボトルとタオルを掻き集めてカゴに放り込み、夏の予定で盛り上がった余韻を感じながら足取り軽く体育館を後にした。
(170530)