幼時に出会う


※幼少期




水の流れを見るのが好きだった。さらさらと穏やかに流れる様も、太陽を反射して煌めく水面も、月夜を映し出す儚さも、手を伸ばせば届くのに、この世の物ではないような気がしていた。夢のような世界。争いもない、平和な世界。水面に浮かぶ景色に、そんな穏やかな世界を夢見ていた。



「毎日ここで何してるんだ?」

音もなく現れた少年に、持っていた竹筒を落とした。吃驚したまま固まっていると、少年は私が落とした竹筒を拾い、「わりぃ」と小さく謝る。差し出されたそれを受け取りながら、驚きで早まった心臓を鎮めようと、大きく息を吸った。少し気まずそうに頭を掻く少年は、しかし興味深そうにキラキラした瞳でこちらを見ていて、居心地が悪い。

「俺はマダラ。お前は?何でいつも避けるんだよ」
「……知ってたの?」
「いつも俺のこと伺いながら、この辺ウロウロしてるだろ。それで、お前の名前は?」
「……言わない」
「何だよそれ」

いくらか落ち着いてきたら、マダラと名乗った少年をまじまじと見つめ、綺麗に整った風貌と、子供と言え自分とは違った逞しい体格に、先程とは違う胸の高鳴りを感じた。
それに、同年代の子供と話したのはいつぶりだろう。妙に気恥ずかしくなって顔を逸らすと、いつの間にか隣にしゃがみ込んだ少年は、不思議そうに顔を覗き込んできた。

「薬草か?」

こくりと頷く。同年代の女が泥だらけになって薬草を採集しているのに興味が湧いたのか、マダラ少年は目を輝かせた。

「お前、医者の子なのか?」
「…だった」
「あー……わりぃ」
「……別に謝ることじゃないからいいよ」

少し間を開けて曖昧に濁すと、それだけで彼は察したようだった。
素直に引かれてしまうと、反応に困る。いないものはいないのだから、怒ったところで家族は帰って来ないのだ。生きていく為には、割り切りが必要だった。
それにしても、飄々としていそうなのに随分と察しが良くて、内心舌を巻く。同年代に対する評価としては些か適切でないかもしれないが、随分と聡い子供だ。

「貴方こそ、いつも水切りしてるけど、楽しい?」
「別に楽しくてやってるわけじゃねぇけどよ……願掛けみたいなもんだ」

川の向こう岸を見つめる少年の目は、しかしもっと遠くを見つめているようだった。夢を見ているようでもあり、現実を見据え憂いているようにも見えた。
彼はきっと、忍なのだろう。まだ子供とは言え、このご時世では立派な戦力だ。観察眼に長けているようだし、きっと、大人が見失っているものも、見えている。
この人なら、世界を変えられるのではないか。不意にそんなことを思って、自分を嗤った。
受け取った竹筒を腰に下げて、洗っていた薬草を布に包む。背負った籠に仕舞い立ち上がると、ぱしりと乾いた音と共に、手首を掴まれた。

「もう行くのか?」
「私はなまえ。姓はない、と言えば、察しの良い貴方ならわかると思う」
「……医神の一族か」
「私で最後だけどね」

少年が俯いて呟いたのを見るに、全部わかってくれたようだ。掴む手が震えていた。彼が気にすることなんてないのに、心根が優しい人なのだろう。
掴まれていない方の手で少年の手を包む。修行に明け暮れている手はゴツゴツしていて、子供ながらに男女の差を感じて、少し恥ずかしかった。

「なぁ、また、会えるか?」

顔を上げて、懇願するような瞳にハッとする。
普段の私であれば、治療をする時の必要最低限しかコミュニケーションを取らないと、拒絶していただろう。けれど、不思議と目の前の少年、いや、マダラとは、また会いたいと思った。数少ない同じ年頃の少年だからなのか、はたまた別の理由かは、わからない。

「毎日、ここに来てる。……またね」

気恥ずかしくて、言い終わる前に瞬身の術を使ってしまったから、最後のまたね、はもしかしたらマダラには届いていないかもしれない。それでも、一瞬驚いた後に顔を綻ばせた彼に、笑みが洩れた。



まだ素直だった頃の2人
(150417)