桃源に安らぐ


※幼少期


「なぁ」

川で薬草を洗う手元を眺めながら、マダラは口を開いた。小さな薬草が流されないように押さえながら「なに?」と短く返すと、「これ」とこれまた短い言葉が返ってくる。「これ」とは何だ。そこで初めてマダラの方を振り向くと、ずいと顔の前に何かが差し出された。

「何これ……ってあぁ、私のお昼」
「食っていいか?」
「話聞いてた?」

人の物だと言った直後に寄越せとは何事か。抗議も込めて目に付いた小石を投げつけるも、いとも簡単に掴んで手の中で弄ぶ。妙に様になるその姿にむずむずとした気持ちを抱き、誤魔化すように川につけていた籠を大袈裟に持ち上げた。

「腹減ったんだけど」
「帰ったらいいんじゃないかな」
「お前なんかオレにだけ冷たくねぇ?」
「ソンナコトナイヨ」

持っていった石を川に投げながら、マダラは不貞腐れたように口を尖らせる。投げられた石は何度か水面を跳ねた後、向こう岸の川原に紛れた。初めて会った頃より上達している水切りに、内心舌を巻く。
洗った薬草を手拭いで拭き、乾いた籠に放り込む。恨めしそうな視線が刺さるが気付かぬ振りをして黙々と作業をし、一通り終わったところで手を洗い、マダラが抱える笹の葉に包まれた昼食を奪い返した。

「なぁ」
「わかったってば。半分あげるから」

何だかんだマダラに甘い自分に内心苦笑いし、包みを開く。外でも手軽に食べられるようにと普段はおむすびを持ち歩くことが多いのだが、先日治療した患者がお礼にとくれた油揚げが大量にあった為、今日は稲荷寿司だった。
狐色のふっくらしたお揚げが並ぶ笹を見て、差し出すより早く手が伸びる。両手で開いていた為咄嗟に動けず、手の主であるマダラを睨んだ時には既に稲荷は彼の口の中へと放り込まれた後だった。

「先に食べな」
「すげぇ!これお前が作ったのか!?」

いで、と続けようとした言葉は、しかし食い気味に被さる弾んだ声に掻き消された。予想していなかった反応に目を瞬く。
ずいと顔を近付けてくるマダラに気圧され、こくりと頷く。目を輝かせて二つ目の稲荷に手を伸ばす彼を、呆気に取られて見る他なかった。

「すごいなお前、料理出来るんだな」
「人並みだと思うけど……待って、全部食べないで」

興奮したように弾む口調を聞くには、どうやらお手製稲荷がお気に召したようだった。誰かに食べさせたことなどなかったし、こうして面と向かって褒められるとどう反応して良いのかわからない。胸のこそばゆい感覚が落ち着かなかった。
けれど手元の笹が随分と軽くなったことに気が付き、慌てて残りの稲荷に手を伸ばすマダラから守るべく笹の葉を閉じる。

「半分って言ったじゃない!」
「わ、わりぃ…美味かったからつい」

そう言われてしまえば怒るに怒れない。しゅんとバツが悪そうに視線を泳がすマダラを不覚にも可愛いと思ってしまった自分は絆されすぎだと思う。
稲荷寿司の入った笹の包みをマダラに押し付け、立ち上がり両手で印を組んだ。
さらさらと流れる川から二つ三つと水の珠が浮き上がる。ふよふよと頼りなさげに近付くそれは、私の足元まで来るとぱしゃりと音を立てて地に落ちた。
突然のことに目を瞬かせるマダラに向き直り、地面を指さす。そこには小さめの魚が数匹、水を求めて跳ねていた。

「魚、焼いてくれたら全部食べていいよ」

どうにも私はマダラには弱いようだった。彼の方が少し年上の筈なのに、憂いを帯びてもなお真っ直ぐな眼差しはどこか縋る場所を探しているようで、放っておけない。
戦乱の時代を生きる医者として特定の誰かに入れ込み過ぎないようにしなければならないのに。複雑な心境の私とは正反対に、マダラは目を輝かせて「本当か!?」と手放しで喜ぶのだから、思わず笑ってしまう。

「……お前、笑うんだな」
「人を能面みたいに言わないでよ」

驚いた顔をするマダラに顔を顰める。けれど稲荷片手に顔を赤くされると、こちらまで恥ずかしくなってしまう。誤魔化すように早く焼いてよ、と急かすと、慌てて稲荷寿司を置いて魚を焼く体制に入った。
マダラが河原の石を積んで枯葉と枝を放り込む間に、手頃な枝に魚を刺していく。手早く下準備を整えたマダラは流れるような動作で印を組み、口から小さな火炎を吹き出した。

「……すごい」
「こ、これくらいどうってことないだろ!」
「ごめん、火遁って初めて見たから。
火、ありがとう」

うちはの一族が火遁を得意にしていると言うのは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。そのため思わず感嘆の言葉が口から出たのだが、マダラは褒められるとは思わなかったのか照れを隠そうと普段より更にぶっきらぼうにそっぽを向いてしまった。
才能溢れ聡い彼の年相応の反応に取り繕うのも忘れてクスクスと笑う。そして、あぁ私もマダラと一緒じゃないかと気付く。大人にならざるを得ない状況で、年相応にいられる相手の側が心地良いと思うのは当然だ。
胸にモヤモヤとつっかえていたものがストンと落ち、すっきりとした気持ちだった。珍しく素直に笑う私に初めは落ち着かなさそうに見ていたマダラも、照れたような笑みから屈託のない笑顔を浮かべる。
声を出すようなことはない、ただ自然と緩む口元と穏やかに細められる目元が、忙しなく人々を巻き込み翻弄していく時代から切り離された穏やかな幸福の象徴のようだった。