水花に戯れる1


死んだ記憶もないまま数十年後の未来に蘇った身としては、何故自分が死んだのか気になるのは仕方の無いことだと思う。自分のことを知る人なぞほぼ皆無な状態で、唯一手掛かりになりそうなことを考えて行き着いたのは、生前関わりのあった千手とうちはの一族だった。
生前、扉間は戦乱の世を一人生きる私に様々な術を仕込んだ。その中の一つが、彼が得意とした時空間忍術だった。何かあった時に戦線離脱出来るようにと厳しく、けれど丹念に教え込まれたそれは、今ではそこらの忍よりは使いこなせる程に身に染み付いている。
単なる思い付きだった。時空間忍術を使う際に、扉間とお互いにマーキングし合っていたことを思い出した私は、彼の遺物が残っているのではないかと思い、深く考えずに印を組んだ。術式が残っているかどうか、成功率は半々だと予想していた。


結果から言えば、良いのか悪いのか成功した。印を結んだ瞬間、眩む視界と身体を包む浮遊感の後に見えたのは、少し埃っぽい蔵のような場所だった。棚に並べられた使い古された苦無や、年月を重ね変色した書物が山積みになったそこは、頻繁に使われているわけではなさそうだが、手入れの行き届いた物置のようだ。
扉間の術式を頼りに移動したと言うことは、ここにあるものは扉間や柱間さんに関係のあるものではなかろうか。柄にもなく高揚する心を抑えながら、積み重なる書物に手を伸ばした。思い付きでも何でもやってみるものだとほくほくした気持ちを抱いたのは、数刻前のことだった。


「ええと、ですから私は怪しい者では……」
「鍵と結界のかかった蔵の中から出てきた奴のどこが怪しくないのか逆に聞きたいな」
「ごもっとも」

怪しさを絵に描いたような人物ですねわかります。床に押し付けられるような体制で項垂れる私を、仮面を付けた忍数人と桃色の髪が愛らしい少女、豊満な身体を惜しげなく覗かせる美女が鋭い眼差しで射抜く。

「まずお前はどこの里の者だ?見たところ額当てはないようだが」
「しがない一般人です」
「ならばどうやって彼処に侵入した?」
「どうって……こう?」

飛雷神の術の印を組んで見せれば、増す殺気と呆れたような視線が刺さった。嘘は言ってない。言ってないのだが、何も知らない彼らにしたらふざけているように見えるだろう。
けれど私とて大真面目なのである。扉間の術式が残っていたのだから恐らくはここが木の葉の里だと言うことは想像がつくが、如何せん現世を知らない私にとって「忍びの里」のシステムはさっぱりわからない。目の前で腕を組み険しい顔をする女性二人と性別不明の仮面達がどういった関係なのか、里の何者なのか、逆に私が聞きたい。

「話にならんな」
「すみません、と言うかここどこですか」

小馬鹿にしたような口調に思わずムッとして、こちらも強く返す。すると、金髪の美女が眉根を寄せ、桃色の少女に目配せをした。

「間者のくせにどこだかわからないなんて話があるか」

私を床に組み伏せる仮面が、抑揚なく言った。間者なんて大層なものじゃないんですけどね、と心の内で呟く。
ここで私は考えた。ほぼ活動に参加していないとは言え、暁に所属する私は木の葉の里にとって敵なのではないか。だとしたら正直に全てを吐いたところで暁の間者として始末されるだろう。
いつ死んでも良いとは思っていたが、間者と疑われて殺されるのは些か悔しい。
そこで、一つの賭けに出た。

「知りませんよ、扉間に施したマーキング辿ったらあそこに着いたんですから。扉間は何処ですか?」
「扉間様…?二代目様のことか!?」
「何を言っているんだコイツは」

掴み上々か。動揺の色を滲ませる彼らとは逆に、開き直った私は落ち着いていた。だから仮面と少女が武器を構え肌を刺すような緊張感が場に満ちる中、私ともう一人落ち着き払った人がいることに「おや」と思った。

「お前、名は?」
「なまえと申します。姓はありません」

名を聞かれ、答える。嘘偽りのない自分の名を。
だってまさか、この時代で名前を知っている人がいるとは思わなかったのだ。
柱間さんや扉間が生きた時代からタイムスリップした一般人だとでも思ってもらえたら逃げ出す隙が出来るのではないかと思ったのだが、事態はややこしい方へと転じていくらしい。

「なまえ様!!一度お会いしたいと思っておりました!」
「さ、様!?」

二つ結びの女性は先程までの訝しげな顔はどこへやら、書類が山積みになった机を飛び越えて、床に倒れ伏す私の手を取り目を輝かせる。私は勿論、周りの仮面や少女も呆気に取られているのを見るに、作戦の類ではないらしい。
これは思ったよりも面倒なことになったかもしれないと、心の内で嘆息した。



少し続きます
(170721)