振り向け青春


「あ、」
「あ!」

目が合って、声がハモった。これだけ聞いたら、さぞ相性の良い2人だと思うだろう。私でもそう思う。
だがしかし、残念ながら2つの「あ」は、片や濁点混じり、片や嬉しさ混じり、相反するものだった。
ちなみに前者の「あ」を発した私は、我ながら素晴らしい反射神経で踵を返すと脱兎の如く駆け出した。風紀委員の田中君による「廊下は走るなよー」という緩い注意に手を振って返しながら、階段を駆け上がる。2段どころか3段飛ばしとか、今日は調子が良い気がする。3階の床に着地し、すぐ方向を変えようと足に力を入れた瞬間、パシッなんて乾いた音と共に左手首が掴まれた。

「あそこまで露骨に逃げられると、何かもう清々しいっスわー」

前言撤回、調子悪い。早々に追い付かれ、幸か不幸か目の前の空き教室に引き摺り込まれた。
はぁーと盛大な溜息を肩に受け、溜息をつき返す。がっちり後ろからホールドされて、某ゲームなら「に げ ら れ な い !▽」の文字が出ているのだろうと呑気に思いながら、一応の反抗を試みる。しかし殊の外強い力で抱きしめられて、反抗すればするほど痛いほど力を込められ、抵抗もそこそこに力を抜いた。

「俺も人間なんだから、そこまで露骨に避けられると傷付くっスよー」
「イケメンで運動神経抜群なんて人間じゃねぇ!」
「そこは否定しないっスけど、照れる」

いやそここそ否定しろ。悪態をついても「過度な謙遜は嫌味っスよ」とのこと。正論だった。

「私は平凡な毎日を送りたいんですーー地味であることに誇りを持ってるんですーー」
「生徒会副会長で強豪バスケ部の1軍マネージャーが言うセリフじゃねー」
「いや、それくらいは別にどうということではないよ」
「それが普通であると認識してる辺り、なまえっち普通じゃないから安心して」

あの空間にいると感覚が麻痺するのだ。帝光自体進学校だし、文武両道な生徒が多い。そして何より幼馴染があの主将なんだから、確かに私の普通の基準はズレているのかもしれない。

「いやさ、何で私なの?もっと可愛い子いるじゃん。モデル仲間とかでもさ」
「何でって言われても、すっげー好みなんスよ。どこが、とかじゃなくて全部タイプ。見た目だけじゃなくて中身も」

すごい誉め殺しだ。君はもっと自分の容姿と立場を考えた方がいい。そんなこと真顔で、しかも抱き締められながら言われたら9割の女の子は落ちるのではなかろうか。だって、私も今すごくドキドキしてる。モデルの君と違って、恋愛経験豊富じゃないのよ。
でも経験がないなりに信念はあるのだ。流されて、軽い気持ちで付き合いたくない。周りを見て常々思っていることだ。
そう、経験ないからこそ空気を読まず、空気に流されない。現実を知らないから、理想を突き通すのだ。
深呼吸して煩いほど早く動く心臓を落ち着けて、「黄瀬君や」と声をかけた。私の返事を聞けると悟ったのか、少し緩む腕から抜け出し、向き合って正座をする。黄瀬君もそれに倣う。空き教室に正座するモデルに副会長。多分、すごくシュールな光景だ。

「残念ながら私は君に一目惚れしてないし、中身もよく知らない。だから気持ちには答えられない」
「………」

絶望混じりの表情に、少しの罪悪感と、この顔をさせたのは自分だけなのだろうと言う、ほんの少しの優越感。
それから普段は大人顔負けの社交性や表情をつくる彼の、年相応の表情に少しだけ安心した。しゅんとしている、と言うよりも本気で泣きそうな顔に苦笑し、「でも、」と続ける。

「私は黄瀬涼太を何も知らない。だから、知っていく内に好きになるかもしれない」
「……!」

バッと上げた顔は、先程の絶望に満ちたものと打って変わって、希望に輝いたものだった。不覚にもドキリと心臓が跳ね、折角落ち着けた心臓がまた忙しくなる。

「…好きでいても、いいっスか?」
「それは君次第だよ。人の気持ちなんて、簡単に変えられるものじゃないもの」

暗に込めた、私の気持ちも早々動かないぞ、という気持ちは彼に伝わったのだろうか。暫く拳を握り震えていたと思ったら、私の両手を、意外と器用な大きな掌で包み込んだ。

「ぜってー振り向かせる!覚悟してくださいっス!!」

うぉぉおと燃える彼を見ながら、何やら導火線に火をつけてしまったのでは、と頭を抱えた。



実は先輩とかそんな設定どこかに消えた
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修正(170412)