思考に溺れる


鉛筆なんて誰かが持たないと立つことすらできない物が、気まぐれに倒れた位置で明日の私たちの行き先を決めるんだ。もしかしたら鉛筆で決めた行き先で、何か運命的な出会いがあるかもしれない。いま私たちの人生は、鉛筆みたいな何でもないものに左右されてる。それがひどく滑稽で、小気味良い。

指先で鉛筆を転がしながら、ただ頭に浮かんだことをそのまま口に出す。我ながら意味不明な戯言だったが、それすらも興味深げに聞いて、満更でもないように笑われる。その行為が、自分が思うほどこいつはそんな崇高な存在ではないのかもしれないと、臆病になるほど遠い存在ではないのだと、私を安心させた。

「さーて明日の行き先はー」

間の抜けた声で、日曜夕方のジャンケンを真似てみる。指先から離れた鉛筆は支えを失い、広げた地図の上にゆっくりと倒れる。

「これは……出町柳、かな?」

鉛筆が倒れた先は、もちろんピタリと特定の場所を示してくれるわけでもなく、南北に流れる川の中途半端な位置だった。若干北寄り、鴨川デルタの辺りだろうか。

「暑くなってきたし、川に涼みに行くのもいいねぇ」
「出町柳なら、下鴨神社もあるだろう」
「あっいいねぇ。あそこの和菓子屋さん美味しいらしいよ」
「そうか、それならそこにも行こう」
「じゃあ、お弁当作るから鴨川で食べよ」
「あぁ、楽しみにしてるよ」

タイミング良く鳴ったチャイムが、本日最後の授業の始まりを知らせる。征の机に広げた地図と倒れた鉛筆を回収し、後ろを向くため横向きに座っていた態勢から、授業を受けるために前向きに直る。
現代文の教科書を開き、先生の解説をBGMに、ルーズリーフの切れ端に色々なことを書き綴っていく。授業の後の部活のタイムスケジュール、買い足さねばならない備品、明日の予定。ちょうどいい、明日は征に付き合ってもらって備品の買い出しに行こう。
李徴の思いとやらを熱く語る先生に気付かれないように小さく欠伸をし、惰性で板書をノートに書き写す。ついでに考察と先生の熱いご高説を下の方にまとめておく。テスト前に勉強を教えてと集まる子には、ノートのコピーを渡せば私自身が拘束されることはなくなる。テスト前だろうと自主練を欠かさない征に付き合うには、最低限これくらい用意しなければ、後々自分の首を絞めることになるのは、中学時代に学んだことだ。中学とは言えば、皆元気かな。離れてしまったから卒業式以来会ってない人ばかりだ。

次々浮かぶ取り止めのないことを考えては自己完結、を繰り返していると、あっという間に授業終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。まだ語り足りないのか名残惜しそうな顔をした先生が「ここテストに出るぞー」と決まり文句を言えば、皆一斉にノートに書き込み出す。むしろ山月記でここを出さないことなど可能なのかとぼんやり考える。こっそり肩越しに振り返ると、同じことを考えていたのか征も小さく肩を竦めて見せた。
ふと、私の世界は征を中心にして回っていると思う。バスケだって征が始めたからついて回っていたし、中学でマネージャーになったのも、征から誘われたからだった。最後に決めるのは自分でも、切っ掛けはいつも彼だ。
基本的に何かに縛られるのは嫌で好きに生きていると自負しているが、しかし征中心の生活は不思議と嫌ではなかった。

「ねぇ、征」
「なんだいなまえ」
「私、征のこと大好きみたい」

荷物をまとめている征を振り返りながら、私は天気の話をするかのように言った。征は一瞬面を食らったように動きを止め数秒私の顔を凝視したが、すぐに表情を緩め、「知ってるよ」と何でもないように応えた。



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修正(170412)