久しぶりに過ごす自宅のベッドは、昔と何一つ変わらない、いや、かつて子供だった頃の温かい思い出が詰まっている分、不思議な安心感に包まれてなまえを安眠の世界へと誘ってくれた。夢も見ずにぐっすり眠ることができたおかげで、カーテンの隙間から差し込む陽の光と、朝から元気なポッポたちの囀りで自然と目が覚めた。上半身を起こし、ベッドの中でググッと身体を伸ばせば、縮んでいた筋肉がユルユルと覚醒していく。
さて、今日はなにをしようか。少しづつハッキリしていく思考は、けれどまだ起ききってはおらず、ボンヤリと頭に思い浮かんでは消え、定まらない。
突然鳴り響いたけたたましい着信音は、微睡みの淵にいたなまえを覚醒させるのには十分だった。目を瞬かせ音の発信源を見やると、ベッドのサイドテーブルに置いたポケギアが音と連動して震えている。こんな時間に掛けてくる人がいただろうか?眉根を寄せてポケギアを手に取りディスプレイに表示された名前を見て、なまえは反射的にポケギアを布団の上に置いてから通話ボタンを押した。
『なまえ!!!!ロケット団や!!!!あいつらがヤドンを連れ去ったんや!!!!』
ビリビリと部屋を揺らすような音量を耳にして、咄嗟に耳から離したのは正解だったと思った。それでも脳に響いた叫び声に頭を痛めていると、返事がなかったことに対して「聞いとんのか!?なまえ!?」とお怒りの言葉が鳴り響く。寝起きにこれはキツイな、と頭を抱えながら、なるべく普段通りの声音で「聞いてます、聞こえてます、おはようございます」と応えると、ようやく「おう、おはよう」とマトモな挨拶が返ってきた。
「ガンテツさん落ち着いてください、何があったんです?」
「おおせやった!のんびり世間話しとる場合ちゃう!儂は今からヤドンの井戸へ向かう、なまえもはよ来い!」
「えっちょ、ガンテツさん!?……切れた」
思わず掴んで耳元に持ってきたポケギアからは、ツーツーという音だけが虚しく鳴っていた。
今の電話を聴かなかったことにして再度惰眠を貪る選択肢もあったのだが、頑固で融通の聞かない所はあるが、礼節を重んじるガンテツの慌てよう、そして何より「ロケット団」という言葉が、なまえから選択の余地を完全に奪った。若干面倒だという気持ちもあったが、普段お世話になっている手前、放っておくわけにもいかない。なまえはもう1度伸びをすると、布団への未練を断ち切り、立ち上がった。
手早く着替えを済ませたなまえに、「帰ってきたばかりなのに、もう旅に出るの?」と母は呆れていた。いつも忙しなく彼方此方へ旅に出る娘を、しかし母は気持ちよく送り出してくれた。少しは落ち着いたらどうだと聞かれたこともあるが、なまえはこの母自身がなまえの旅を後押ししていることをよく理解していた。各地方の博士の手伝いで図鑑を埋めていることは勿論、旅先から送るご当地グルメと珍しいポケモンを一番楽しみにしているので、帰省が長引くと「次はどこに行くの?」「母さんシンオウ地方のフワライドってポケモンに会いたいわぁ」などと遠廻しに早く行って来いと訴えるのだから、苦笑せざるを得ない。今日も今日とて、「ジョウトに行くならいかりまんじゅうよろしくね〜」という母の注文を背に、カイリューに飛び乗った。
「カイリュー、ヒワダタウンまでお願い」
リュウ!と元気に返事をし、カイリューはゆっくりと浮上する。人を、とりわけなまえを背に乗せての長距離移動は慣れたもので、ある程度の高さまで行くと、一気に加速し空の散歩を楽しむトレーナーや野生の鳥ポケモンを次々と追い抜かしていく。
カイリューは初速こそ他のポケモンに劣るものの、1度軌道に乗ってしまえば地球を僅か16時間で一周してしまうほどの速度を出す。けれど、その速さに耐えることの出来る人間は残念ながらおらず。なまえを乗せた今、カイリューは人を振り落とさない程度のスピードでヒワダタウンへと急行した。
***
ヒワダタウンの外れに位置するヤドンの井戸は、不気味なほど人の気配もポケモンの気配もしなかった。普段ならばのんびりと昼寝をするヤドン達がそこかしこにいるのに、ガンテツの言っていた通りの異変が見受けられ、なまえは眉根を寄せた。辺りを見渡しても、ロケット団はおろかガンテツの姿もない。
「ってことは、中か」
ヤドンの井戸は確か、奥まで進めたはず。かつて旅をした際に寄った時のことを思い返し、なまえは井戸を覗き込んだ。薄暗い井戸の中はそれ程深くはなく、けれど地上から内部を見渡せるほど明るくはない。小さな物音に耳をすませば、微かだが人の声と、地面を蹴る音が聞こえる。ガンテツかロケット団か、どちらにせよ中に行かなければ話が進まないようだ。
長距離を飛ばしてきたカイリューをボールに戻すと、なまえは井戸の淵にかけられた梯子に足をかけた。
下へ降り立つと同時に、朝方ポケギア越しに聞いた声が井戸内に響き渡る。
「おお、なまえ!遅いぞ!」
「これでも飛ばしてきたんですよ!
それよりガンテツさん、何があったんです?」
地面に座り込むガンテツと目を合わせるようにしゃがみ、なまえはかけられたあんまりな言葉に苦笑した。けれど決して本心ではないことが表情や語気から察せられる。なまえの手からタオルと水筒を受け取ると、ガンテツは忌々しげに口を開いた。
聞けば、あの後すぐに井戸の外にいた見張りらしきロケット団に突撃(物理)し、勢い余って一緒に井戸の中に落ちたのだそうだ。
「ガンテツさん、また何て無茶を……」
「大事な故郷を、ヤドンを、ロケット団なんぞに荒らされてたまるか!」
「そうだ、ロケット団って三年前に解散したって聞いたんですけど」
「そうだ、確かカントーの少年がロケット団のボスを倒して一度は解散した。だが、」
最近になって復活に向けて動いているらしい。その噂の元が、ヒワダタウンのヤドン失踪事件なのだと、ガンテツは怒りで拳を震わせる。
なまえはロケット団について詳しくはなかった。ただ、それなりに大きな事件として連日ニュースで聞かない日はなかったし、何よりロケット団壊滅に昔馴染みの少年達が深く関わっていたと、旅の最中に聞いたことがある。ポケモンを道具のように扱い、略奪や犯罪を起こすロケット団が復活したとしたら、大事件だ。
予想外に起きた不穏な出来事に、なまえは顔を顰める。それは決して正義感からくる「どうにかしなくちゃ」という気持ちではなく「巻き込まれたくない」という牽制だったのだが、暗闇の奥を見つめるガンテツの言葉によってもれなく片足を突っ込むことが確定してしまった。
「なまえ、動けない儂に変わってヤドン達を助けてくれ!」
(170412 加筆修正)