赤と緑と電気ねずみ
「…………」
「おーい、そろそろ動いてー」
ぺちぺちと肩に回された腕を叩くも、身動ぎもしない。けれど確かに感じる体温と、微かに伝わる心音が生きた人間であることを証明していた。最後に会った時よりも幾分高い位置にある頭は、何故だか今は私の肩に埋められている。苦しくはないが、がっしりと抱き締められているため身動きが取れない。困った。
「ぴっかぁ」
「ピカチュウ〜君のご主人大丈夫?具合悪いわけじゃないよね?」
「ちゃあ!」
足元をくるくる回るピカチュウは、とびきりの笑顔で私の足に擦り寄る。賢い彼のことだから、私の言葉は理解しているだろうし、つまり彼の主人は元気なのだろう。
しかしそれなら尚更、この状況をどうにかして欲しい。ホドモエは平時でも市場に行き交う人々で賑わっており、PWTも控えた今は観光客がごった返している。通り行く人々は直接声には出さないものの、チラチラとこちらを見たり、時折茶化すような軽い口笛が聴こえてくるのだから、何も知らない人から見たら若いカップルがイチャついているように見えるのだろう。正直知り合いに見られる前に開放されたい。
昔から何を考えているのか分かりづらい所があった彼を、さてどうしようかと思案していると、彼の頭越しにこれまた見慣れたツンツンヘアーが現れ、目を瞬かせる。呆けて立ち竦む私をよそに、ツンツンヘアーはずんずんと大股で近付くと、赤い彼…レッドの首根っこを掴み私から引き剥がした。
「おまえは!突然いなくなったかと思えば!」
息を切らしながら半ば叫ぶように言うも、言われた本人は鬱陶しげにツンツンヘアー…グリーンを睨む。その瞳は「何すんだよ」と鬱陶しげに語っていた。
「まぁまぁ、二人共久しぶり」
睨み合う(正しくは一方的なのだが)二人を宥めれば、少し余韻を引き摺ってはいるもののこちらに向き直り笑う。一先ず落ち着いたことに安堵の息をついた。
「なまえもたまには帰って来いよなー」
「いやー結構こっちも住みやすくて」
はははと乾いた笑いを返せば、二人揃ってジト目で見てくるのだからやるせない。先に旅に出た私をキラキラとした瞳で見上げた少年達の変わりように心の中で泣いた。
「ま、暫く俺らもこっちいるしよろしくな」
「うん、試合観に行くね」
「……なまえは出ないの?」
「え、あれってチャンピオンとかジムリーダーじゃないと出られないんじゃないの?」
「何言ってんだよ元ジョウトチャンピオン」
呆れたように言われても、何年前の話だ。チャンピオンとして挑戦者を迎えた記憶もないのにチャンピオンと名乗れるものか。そう言えば、二人は顔を見合わせた後、グリーンはレッドを、レッドは自分を指差し、口を揃えてこう言った。
「オレは?」
「コイツは?」
「……いえす、ゆーあーチャンピオン」
そうでした。目の前の生ける伝説がいらっしゃいました。
「ま、そんなわけでこれやるよ」
「え、いらない」
「即答かよ!」
話の流れとグリーンのにやにや顔から差し出された紙切れに察しが付いた為に断る。押し返した際にチラッと見えたが、案の定『PWT』の文字が見えたので私の判断は正しかったようだ。
その様子を見ていたレッドは口を尖らせて怒るグリーンの手から紙を抜き取ると、紙ごと私の手を握り、帽子の影からバトル中とは真反対に瞳を緩めて口を開く。
「じゃあオレから」
「ありがとう」
「何でだよ!」
「はっ、つい……」
まだ先輩トレーナーとして慕われていた頃のような甘えを含んだ巧妙な渡し方に、ついお礼を言ってしまった。グリーンのツッコミで我に返るも、既に受け取ってしまった紙をまじまじと見つめる。
「……何これ、グリーンやレッドとバトルする前に各地方ジムリーダートーナメントから勝たなきゃいけないの?道のり長くない?」
「なまえならできる」
「ううん、前向きに検討します……」
心做しかウキウキした様子のレッドにやんわり断りつつ、貰った紙をポケットに仕舞う。
後日洗濯物から発見されたその紙を見るまで貰ったことすら忘れてしまったのは、数年ぶりの再開でその後の話が弾んで盛り上がったからだと思う。
(170627)