私が放ったクナイで血だらけの名字名前を庇う男に、出来れば会いたくなかった。理由なんて、言葉にしたくないほど分かっていた。…そういえば初めてこの人に会った時も、同じことを思ったな。始まりと終わりに思うことが重なるなんて、……皮肉だ。昔と今では、言葉に込もった思いも深さも全く違うのに。私にこの任務は無理だと、あの人にもっと言えばよかった。今更後悔しても遅い。

だって10年前のあの頃は、ここまでになるなんて思ってもみなかった。浅はかだったのだ。

***

「……予言の書の門番、ですか」
「ええ、そうよ。監視…と言い換えてもいいわ。」

呼び出されて向かえば、私の主はそう言った。手には巻物が持たれていて、予言の書、と書かれていた。薄暗い部屋の中、湿気しかない重い空気が淀んでいる。そんな空気に似たような気持ちになった。

「…なぜ、私に?」
「お前が適切だと思ったのよ。この巻物を開けるのはあのはたけカカシだからね」
「……私が木の葉の暗部だから、と言うわけですか」
「そうね。それに今回は期間が分からない。半年かもしれないし10年になるかもしれない」
「………私はもう不要だと、いうことですか」
「違うわ。私が今一番欲しいもの…分かるでしょ?」

実験台の隣に並ぶ、どこの世界の人間か分からない者たちを見る。どれも外れらしく、成功していない。それでもどうしてもこの人は欲しいらしい。

「ああ…。あの伝説の眼、ですか」
「そうよ。伝説じゃなければ、そのふざけた予言の書が現実に起こるわ。でも木の葉だとその現実を潰しかねない…私の災史眼(サイシガン)が発動しないのよ。だからお前には、それを阻止してほしいの。はたけカカシの側で」
「……私には荷が重い気がしますが…」
「お前にしか頼めないのよ。私が一番信用している、お前しか…」
「大蛇丸様…」

手首に付けられた透明の呪印を舐められる。ゾクッと震えるのと同時に、やはりこの人に捕らわれた自分には抗えなかった。自然と押し倒される瞬間さえ、愛おしかったのに。

***

もう、あれから10年以上も経った。木の葉に…いや、カカシさんに絆された私はあの人への愛など消えていた。人間なんて所詮そんなものだ。でもきっと、大蛇丸様は私がそうなるのを見込んでいたと思う。…だから、だろう。酷い仕打ちだ。

「…いつから暗部だった」
「あなたと出会う少し前…くらいからですかね」
「10年以上も前、か…」
「六代目の下で働いてたんですよ、私」
「その面…は、雀かな。どう?」
「…記憶力だけはいつも良いですね。」
「なんだか褒められてる気がしないな」

一ミリだけ、微笑んでくれた気がした。もう、一緒にいたあの頃のような笑顔は私には見せてくれない。もう、はっきりとしてしまったのだ。味方か敵か。…全てはカカシさんの後ろで息が細くなっていく名字名前のせいなのだ。あの眼は伝説でなかったと、あの女が証明してしまったから。

「しかしよくナルトが許したね。お前達(暗部)を動かすことに」
「あぁ…まあ、許されてはないかもしれませんね」
「…何?」
「七代目直下の部下でもありますが…別に七代目に限ってではない、とでも言っておきます」
「別…だと?ならお前達は一体誰の命で…」
「ならあなたは誰の命で?」
「…言う義理はない「相談役の方ですよね?」
「!」
「私たちもそう。でも…違う」

逃げられない。あの人からも、里からも、運命からも…。心の中で囁いて、次に起こる事柄を想像した。容易に未来が見えるほど、滑稽な現実を進むしか道はない。…そしてそれを、カカシさんも多分分かっている。

「カカシさん、いいんですか?こんな無駄話ばかりしていて」
「…どういう意味だ」
「増援を待っても無駄です」
「…ナルトは知らないからか」
「ええ。だからもう、…間に合わないですよ」

私が目を見開くと、名字名前が咳き込んで吐血する音が聞こえた。クナイの先に塗ってあった毒を発動させたからだ。カカシさんが慌てて振り向くも、彼女はもう数分の命だ。

「ミリン!お前何を「毒が回ったんでしょう。後数分で死にますよ」
「選択肢はない…ってことか」
「はい。残念ですが戦うしかありません…そしてあなたも死ぬ」
「…火影だった俺に勝てるとでも?」
「ええ。だって、あなたが少しでも動けば名字名前が一瞬で死にますよ?」
「……!」

死にかけているくせに、カカシさんの腕の中にいるなんて。あの人が欲しがる眼をも持って。どこの世界の人間かも分からないような女なのに。…私が欲しがった全てを、いとも簡単に持って行った。そして、そのせいで、私は……

「その毒は…私がコントロールできるんです。命を奪うも延ばすも私次第。」
「…っ、そんなことは出来るはずがない」
「じゃあ、試してみますか?」
「!待て「ガハッ…」
「!!」

毒を速まらせたら、簡単に吐血してくれるものだから良い子だ。でも死なれたら困るので調整が難しい。カカシさんは血だらけのあの女を愛おしそうに抱いて心配するものだから、簡単に頭に血が上ってしまう。手裏剣を何枚も投げても、カカシさんは避けずに簡単に刺さってくれるものだから、血管が切れた音がした。

「どうして!?どうして避けないの!?」
「…」
「何が良いの!?その女のどこが!?私より良いっていうの!?」
「…すまない」
「謝罪なんていらない!!…っ私は…私は!初めはあの人からの命で、あなたに近付いた!けれど10年以上も一緒にいて、そんなもの忘れるくらい、本当にカカシさんが好きだったのに!!」
「…ミリン」
「結局……何もかもあの人の思い通り……。」

私の合図で、身を潜めていた仲間達がカカシさんに飛びかかる。きっと彼はその攻撃を避けずに受けるだろう。名字名前を一番に想って。そして予言の書通りになるのだ。そして私はずっと、二番目で終わるだけだ。血が、舞った。