いつの間にか意識が半分飛んでいたようだ。何かに引き寄せられるように世界に浮上する。ぼんやりと、声が聞こえる。…はたけさんでないことだけ、分かった。けれど、嫌な予感がした。

「………あの六代目がこんな…いとも簡単に?」
「それほどの存在だったんじゃないか。名字名前は」
「ふーん…。本当に死んでるのか恐いぐらいだな」
「…。それよりミリン、名字名前は死んでないんだろうな?」
「ええ。今呼び起こしたところだから、そろそろ目が覚めるわ」

……心音が、ドクン、と嫌な音で響いた。

他人の言葉を奏でる音が、初めて鬱陶しいと思う。意識が、起きたくないと叫んでいた。……戻りたくない。耳から聞こえる言葉が鮮明すぎるせいだろう。だって、何を言ってるかわからない。わかりたくない。

うそつけ。死んだ?誰が?どうして?
…、私の……せい、?

はたけさんは六代目だったぐらい強かったはすだ。簡単に殺されるレベルじゃない。私が気を失ってる間に一体…一体何が?

……もし、もしも夢小説展開でよく読んだ展開だとしても、現実に起こるとは訳が違う。だって、私ははたけさんの彼女なんかじゃない。だからこそ心臓が付いていかない。私のために命を落としたとしたら、本当にそうだとしたら、……

「こいつ殺しちまったら向こうの大蛇丸様に顔向け出来ねえからな」
「ならこいつが目を覚ます前に向こうに飛ばした方が良いんじゃないか?予言の書通り、名字名前の大事な男が死んだんだ。伝説の眼を開眼するかもしれない」
「バカね。名字名前はもう開眼してるの。見たでしょ?木の葉に拷問に掛けられた時、」
「ああ…!拷問班がぶっ倒れてたやつか!?」
「そう。あの時の眼、透明だったでしょ。それが発動した証拠。それに拷問班は、名字名前を白だと判断したんだから」
「記憶操作が出来る眼の力、か…恐ぇな」
「書き換えたり、閉じ込めたり、思い出させたり…全般が出来るから伝説の眼、ってこと」
「じゃあこいつが起きる前に術掛けとかねえと、俺らも記憶操作されちまうんじゃねえか?」
「…そうね。予言の書通り、名字名前の大切な人が死んだのだから、眼は完成形になってるはず…。」
「目が覚めたらすぐやられてしまうかもしれないぞ、ミリン。早いとこ術を掛けろ」
「もうやってる。……」

身体の一部が焼けるように熱い。何かの術を掛けられているのはすぐ分かった。抵抗しようにも意識がまだ現実にいけそうにない。こんなにも冷静なのは、単純に、理解が追い付かないのだ。……

大蛇丸という言葉が聞こえた時点で、大蛇丸が関連していること、今話している人達は部下だということは分かった。なら、はたけさんの彼女も…ということになる。そして、災史眼。聞いたことはない。…私特殊設定アリだったらしい。記憶操作ができるその眼を廻って、はたけさんは殺されたというのか?……そんなに良い眼だと?人の命よりも?……血が沸騰する音が、身体の下の方で響く。

「しかし本当に実在したとはな…。災史眼。名前の通り、災害に近い瞳術だな」
「本当に…。実験に使用した人間で言えば、きっと百は超えてるわ。だから大蛇丸様はこの眼が実在するって確信があったのよ、きっと…」
「あー、里から何人も行方不明者が出てたのもそれか!」
「ええ。全員、異空間忍術で異世界に飛ばされてる。けれど全員災史眼は発動しなかった。だから諦めかけてはいたけれど…」
「お前に関してはこれこそ災難だったな。名字名前が開眼しなければ、はたけカカシを殺さずに済んだのにな。」
「………。これで私達、大蛇丸様から解放されるのかしら」
「…どうだろうな。向こうの大蛇丸様は許さないとは思うが」
「私達も帰らなきゃいけないのよね。あの時代に…」
「……なら無理じゃないか。ミリン、諦めろ。」
「まぁさ?大蛇丸様の下も案外いいもんだって!な?」

プツン、と何かが切れた音がした。何人もの人を…里の人も、私も大蛇丸の欲のための実験に使われたということだ。勝手に異世界に飛ばして、その眼が発動しなければ、大蛇丸なら元の世界に戻すなんてこともきっとしていない。人を…人間を何だと思ってんだ…?道具か何かだと!?

怒りで意識が世界に戻った。バチッと目を開くと、同時に身体に追っていた重い痛みも降ってくる。けれど、隣で血だらけになっているはたけさんが目に入って、全然分からなくなった。…怒りが、怖いほど勝っている。私が起きたことに気付き咄嗟に身構えるのは、男2人と、ミリンと呼ばれるはたけさんの彼女含め3人だった。

「…っおい!!名字名前が…」
「!?ミリンお前術掛けたんじゃ「うるさい!ちゃんと掛けたわよ!」
「じゃああいつは何で向こうの世界に行ってないんだ!!」
「…っお前ら落ち着け!相手は一般人「ちょっと黙ってて」
「「「!!」」」

眼を見開くと、3人は静かに倒れた。聞きたいことは山ほどあるが、今の優先順位はそこじゃない。…血を流しすぎたのだろう、身体が重いが必死に引き摺って、はたけさんの近くに行った。自然と手が震える。彼の頬を触ると、自分の血が付いてしまう。それが気にならないくらい、冷たくなっているのが分かった。手をずらして、首元の脈を確認する。……

「……、っ………」

全然、夢小説的展開じゃない。実は死んだと見せかけて、実は生きてましたとか、術に掛けられて死んでるように見えるとか、そういう、……そういうのじゃないの?

視界が勝手に涙でぼやけて、はたけさんの服に染みを作る。信じたくなくて、胸の上に、耳を寄せる。むせて吐血しても、もう不思議と痛くない。ああ、はたけさんの服、汚しちゃった。

「……聞こえ、ない、なぁ……。」

異世界トリップ、なんてとんでもなく非現実的なんだからさ。こういう場面ぐらい、王道的であってよ。…

「なんでこんな、現実的…なの………。」

こんな…こんなのって。
好きだとも言えてなくて、はたけさんの最後も見れなくて、ただ私を庇ったという事実だけが残るなんて。残酷、すぎる…………。

こんな世界など望んでいない。やり直したい。私など存在しなければ……

「居な、ければ………、…」

身体が限界なのか、ガハッと吐血してしまう。止めどなく溢れてくるそれが、地面に落ちて水溜りのようになって、ひどく目眩がする。

「はじめから……きえて…しまえ」

はたけさんの上に倒れ込むように力が抜けていく。こんな結末にならないのなら、私はあなたに会えなくてもいい。だから…生きていて欲しい。夢小説のリセットボタンを押すように、私の存在ごと一瞬で無くなってくれ。……

意識が少しづつ死んでいく中、世界は透明になっていく。私と同化した後で。


ルサンチマンの反逆/fin