もう、引き寄せられてしまった時から逃れられなかったのかもしれない。

「お前のその眼…私にくれないのならはたけカカシを殺す。」

視界を奪われても尚、ここまでの恐怖をもたらすことの出来る大蛇丸とは。…マンガで読んでいた頃と、桁違いだ。きっと殺気を当てられているのだろうが、怖さで全ての人間を操れそうな存在感と威圧感。こいつが言う全ては絶対だ、と思わさざるを得ない空気。……一人なら絶対、ここまで精神を持たせることも無理だったと思う。私には、最恐の眼がいるから。

その時の私は、そう思っていた。

「あなたには…殺せない」
「へぇ…。根拠はあるの?」
「木の葉は強い…あなたには屈しない」
「馬鹿ね、何のためにお前がここに居ると思ってるの?」
「…え?」
「囮でもあるのよ…お前は」
「!!」

一瞬で目映い雷のような光が、脳裏内に落ちた。ズキズキと傷口を抉って、尖った何かで無理矢理残像が過ぎった。…ダメだ、それは思い出してはいけない、と、誰かが言っている。でも、それに反して流れてくるのだ。…血だけが舞う、ソレ。未来だった、この時代に来る前の、あの、……

「……名前…」

やめて

「…こん…ど……堂々とデート……、しよう…ね」

「やめて!!!!!」

記憶を否定しても、降ってきたのは…血塗れのはたけさんが息耐えて私に覆い被さる映像だった。呼吸の仕方が分からなくなって、浅い呼吸しかできない。心音が身震いするぐらいに小刻みに速く動いている。脳裏に映るソレはそれ程までに生々しくて、精神が壊れる音がした。いとも簡単に涙が止まらなくなった。

…その時、その現実に耐え切れず眼を使ったんだと思った。この記憶を持ったまま生きてなどいけない。…絶望に狂ってしまう。はたけさんが私を庇って死んでいく姿なんて。そして、この記憶を閉じ込めたのは、きっと……おめめだ。

そして、ストンと心臓に落ちてきた選択肢。

≪おい!名前!分からなくていい!止めろ!≫

…ごめん。もう分かってしまったから返事できないよ。おめめが、私のあの記憶を消した理由。もちろん私の為でもあるが、…この眼を悪用する奴に譲渡させない為だ。はたけさんのあんな姿を覚えていたら、私にまた大切な人ができた時、その人を人質に取られたら?…私は多分、この眼を差し出してしまうだろう。それが、悪に渡るとしても…。それを、おめめはきっと分かっていた。だから。…

そして今、この状況はまさにおめめが危惧したそのもの。

「ハッタリだと思うなら、そう思えばいいわ。私にとってはたけカカシを殺すぐらいいとも簡単なのよ。」
「……眼を渡したら、はたけさんを殺さない?」

≪名前!!≫

ごめん。ごめん本当に。おめめはいつも、私を助けてくれていたのに。

「ええもちろん。契約を交わしてもいいわ」
「なら交わして。今後一切、はたけさんと木の葉に近付かないって」
≪名前!!待て、落ち着け!この蛇がそんなもので…!≫
「木の葉…まあいいわ。あの伝説の災史眼が手に入るなら…!!」
「……」

親指を噛みちぎって、垂れる血で取り出した紙に何かを書いていた。多分契約書とかだろう。私はそれをボーッと見ていた。…結局、こうするしかなかったのだ。大蛇丸に睨まれてしまったが最後、はたけさんを、助けるには……。

「さぁ、これにサインしなさい」
「…」

そう言って差し出された紙。達筆すぎてなんて書いてあるか読みづらいが、【災史眼を渡す代わりに、はたけカカシと木の葉に手を出さない】と書いていた。何でサインしろって言うんだ…と思ったが、私も血で書けってことなのかと思って指を噛んだ。…痛ぇ。名前を書くと、大蛇丸は嬉しそうに微笑んでいた。不気味なほど。

「これで契約成立よ。はたけカカシが助かって良かったわね…?」
「…一生恨むけどね」
「あら。ならその記憶も後で変えてあげる」
「!」
「私が術を掛けたら、お前から災史眼だけを抜き取る。その後は木の葉に返してあげるわ」

それを聞いて、眼ごと盗られなくてよかった…と安堵する。でももう、木の葉に戻ったところではたけさんの記憶は消してしまったわけで…戻る意味はあるのだろうか。

「さようなら、名前」
「……」

印を結ぶ音と声が聞こえて、グッと目頭が熱くなる。それと同時に意識が沈んでいって、ああもう次眼を開けるとおめめと会えないのか、と感傷的な気持ちになった。…ごめんね、私のせいであんな奴の元に行かせてしまって。

≪……まずは私より自分の心配だろう…。お前は優しすぎる、≫
………そんなことない。色々助けてくれたのに、……本当にごめん
≪案ずるな。"私"は神に近い存在…それより、≫
それより…?
≪"私"が離れてしまっては、もう名前を助けてやれない。お前はすぐ無茶をする≫
アハハ…そうかな?
≪そうだ。元の世界で死んだ時も…他人を庇って車に轢かれたんだぞ≫
えぇ…そうだっけ。覚えてないなあ…。
≪お前には"私"が居ないと……、…時間が来た≫
……そっか。ごめんね、おめめ。今までありがとう。
≪……すぐ戻る≫
あり、がとう……

何かが抜け落ちる感覚は、酷く、虚しさだけを残して行った。