名前は、"私"が唯一選んだ人間だった。

以前の主が命絶え、神が次の主を探している時。初めて同行していた"私"は、あの世界は欲に塗れていた現実に絶望していた。どの人間を見ても、金、権力…悲しい世界。いずれか忍者の世界に連れて行かなければならないことも知っていた、だからこそ慎重だった。

そんな時、名前を見つけた。…欲が、普通の人間よりかなりズレていたからだ。つまらなさそうに仕事をするくせ、携帯とやらで何かを見ている時は気持ち悪いぐらい幸せそうな顔をしていた。その差は何なんだと気になった。ただの興味でしかなかった。

まさかここで、連れて行く予定の忍者の世界が映像化されているとは知らなかったからだ。

私は神から勝手に離れ、何日か観察していた。…この女はどうやらはたけカカシが好みらしい。かなり美化されて映っていたので、向こうのはたけカカシに同情したぐらいだ。実際は全く違うぞ…。そんな声は届かない。

ただ、分かったこと。この女は自分の欲のために他人を蹴落としたり、使ったりしていないこと。金に興味もなく、権力なんて以ての外。ただ、単純にはたけカカシに恋をしていただけだった。そのせいか、他人に無条件で力になるような女だった。あの男に憧れたのか?と思ったが、ただこの女の性格らしい。

無意識にそれをやるものだから、私はいつの間にか放っておけない感情が芽生えた。毎回知らずに無茶をして、身体が辛くても何てことない顔をして。

それが、あの時。また見知らぬ他人を助けようとしていた。それも車から。死ぬつもりなのかと思ったが、この女はそこまで考えていないようだった。…これだから、この女は!"私"が助けるしか、方法はなかった。助けてやりたいと、思ってしまった。そして、神に反して勝手に選んでしまった。

それはそれは酷く叱られた。でも、選んでしまったものは仕方ない。この女の命が助かる代わりに、すぐに忍者の世界に飛ばすことが条件だと神に言われ、渋々頷いた。そこからのこの女…名前は、酷いものだった。分かっていた、"私"が憑いてしまえば…残酷な世界を見せるだけだと。だからこそ躊躇したのだ。でもあの時、どうしても助けたかった。

忍者の世界は名前がいた世界の何倍も現実的で、拷問を受ける姿は痛々しかった。…そっと記憶を消した。普通、記憶が抜け落ちていれば気にするものを…この女は謎に素晴らしい思考で理解していた。…引くほど夢みがち過ぎていて、ある意味笑えた。名前に憑いてから思考が見えるようになったせいで、毎日飽きない生活だった。

なので、はたけカカシが名前を庇って亡くなった時は…ただただ驚いた。もちろん名前はとてつもなく混乱して、無意識に"私"を使うほど狂っていた。名前には悪いが、意識を飛ばせて、そっと……その記憶を消した。それでもその事実を知って、自分ごと消えてしまえと願われて"私"は困惑した。

それは、正直叶う願いだった。血の量も十分足りていて、後は"私"が実行するだけだった。だが…出来なかった。なぜ名前だけがそんな悲しい運命を背負わなければならないのか?…連れてきた私が言うセリフでも、なかったが。……ただ、私の感情が優先してしまった。助けたかった。

だから、蛇の思惑に乗せて、忍者の違う時代に飛ばした。その未来でなく、過去に。過去なら名前の姿を知る者はいない。上手くやれるはずだと思った。時間を超えて名前を飛ばしたことに、神はご立腹だった。次はないと言われたが、私はあまり聞いていなかった。

はたけカカシが死んで完全体となった私は、次の時代を生きる名前と話す機会を伺っていた。そんな時、また死のうとしていることに気付いた。馬鹿なこと…と思ったが、必死に名前が考えた結果なのだろう。それは正解でないんだ。戯けが…。まあ、本気で自害したりしないだろう、とタカを括っていたのが仇になった。

本当に死んだ時は腰を抜かされた気分だった。そこまであの男を思っていたのかと。慌てて死後の世界に行く前の名前を引き戻した。そればかりは神に死ぬほど叱られ、生死を操る力を奪われてしまった。それくらいの代価は覚悟していたが、次は名前を助けられないと思った。

だから、名前が正解を導いた時は嬉しかったのだ。"私"もやっと眠れるのだと。もう、人間の欲に使われるのは御免だったからだ。

だが、名前は大蛇丸に屈してしまった。あの男を、はたけカカシを…救いたいがために。名前の気持ちを分かってしまった私は、どうしようもなかった。止められもしなかった。想いが、本当だったのだ。"私"は名前から抜き盗られるぐらいなら…神に反しても禁忌を犯そうと覚悟した。

だから、最後に名前に言ったのだ。すぐ戻る、と。"私"はお前の元で正解を叶えて欲しい。初めて人間に対してそう思った、希望を持ったのだ。

今思えば、"私"はお前に淡い想いを頂いていたのかもしれない。神の右腕と称された"私"が、一人の人間に対してここまでなったのだから。

さぁ、始めよう。"私"の最後の賭けを。