「災史眼は、掟を破ったんじゃないかな」
「掟?」

はたけさんにおめめとの会話を話したら、難しい顔でそう言われた次の日の朝(結果私はほぼ寝ていない)。…完全に、朝ご飯を食べながらする話ではない。美味しいはずのジャムパンの味がしないのだから相当だ。

「そう。力を使えなくなったのは、独断で主人(大蛇丸)の記憶を操作したから…と、考えたら?」
「辻褄が合う…!」
「でしょ?記憶操作するには、主人の血と指示が必要なわけでしょ。なのにそれに逆らって記憶を変えるなんて…」
「…それなりのリスクがある。」
「そ。だから失ったんじゃない?」

なるほど、と納得した後のジャムパンはほんのり甘かった。どうしてそこまで、と思ったけどおめめの正解を知るのは私だけだからだろう。けれど正解後のおめめの行方は、結局はぐらかされたまま。私の望み通り、って…いや何だよ。いつも肝心なとこ流したりしてさ。

「けど、そこまでして名前に戻りたかったなんて…随分懐いてるね。」
「……懐いてる、っていうか…」
「?」

眼の正解を知ってるだけなんです。とは何となく言えなかった。おめめが、はたけさんにその情報を見せなかったのには理由がある気がしたから。…まぁ多分、眼と一緒に全ての人から私の記憶も忘れられるだろうから、だろうけど。……なんだかんだ私っておめめに好かれてる?それもかなり好かれてる?

≪…戯け≫
こういう時は出てくるよね…肝心な時スルーすんのにさぁ
≪素直で悪かったな≫
うっざあ…

口が裂けても言える、こんな普通な日常が死ぬほど好きだ。はたけさんがいて、おめめが居て、…。でも分かってる。今日、彼は私を連れてナルトの元へ連れて行くのだろう。私が眼を持っていること、周りはもう知っているかもしれない。そしたらまたあれを繰り返すのだろうか。はたけさんにまた……害が及ばないだろうか。

もう奴はいないに等しいのだから、彼を狙う人はいないとしても。あの二週間後だってあのまま居れば彼が監視員で私は牢屋行きだった。避けても避けても通りそうになる回避した未来。もう危ない目に合わせたくない。……ただ、それを回避する方法が今はある。

今、この瞬間。災史眼の……正解を願うこと。

ただ、なんとなく、でも確かに…正解を願えば、眼と私は消える。存在の記憶と一緒に、実体も。だから怖くて願えないのだ。幾度とこんな思考を繰り返しては止めて、また考えて、止めて。だって一瞬で消えて終わってしまうなんて、。それに私が消えるという思考におめめが何も言わないから、間違いではないと確信して余計。…

「……名前、そろそろ行こうか」
「…はい」

奥に、重く、心音が響く。行く先は分かってる。……怖い。また同じ運命になったら?

≪名前≫
え、
≪大丈夫だ≫
……え?どう、いう…
≪…行け≫

願え、と言われた気がした。手が震える。息が苦しい。…でも全てを綺麗に回避するには、今しかないのだ。本当はもっとずっと二人と一緒に居たい。でも、眼の覚悟を知ってしまったから。離れたくない、なんてそんな可愛い気持ちが通じるほど甘い世界ではないと痛感した。

「はたけさん、」
「ん?」
「お手洗いだけ、行かせてもらっていいですか?」
「ん、玄関で待ってるね。」

その背中に焦がれて、飛びつきたくて、でもダメで…。色々波瀾万丈だったけどこの世界に居られて幸せだったから。トイレの扉を開けて、なだれるように座り込んだ。あらかじめ隠し持っていた小さなナイフをポケットから取り出したら、なぜか涙が溢れてきた。…覚悟なんてしたつもりでしかなかったのだ。

≪名前…≫
…ごめ、……っ!ごめん大丈夫だから
≪…≫
え…

頭を、撫でられた気がした。存在しないのに、あたかもそこにいるかのような温かさで。大丈夫だと、全てで伝えられた気がした。……ああ、

「…名前?……どうした?」
「…っ」

ドア越しに聞こえたはたけさんの声で、揺らいだ意志がはっきりとした。手首でも切らないと、血の量が足りなかったはずだ。

「…ありがとう、ございました」

そんな小声を拾われたのか、それとも不審に思ったのか。軽くドアを叩く音に紛れるように、手首に刃を立てた。チク、どころの痛みでなくすぐに意識が朦朧としていく。ああ、もしかして私は出血多量の消える運命だったのか。でもそれはまだだ。無くさないように意識を必死に保って強く、強く願った。

「災史眼に関する記憶を、…この世全てから消してください。」

透明なこの眼で見る世界が、きっと最後となる。異変に気付かれたのだろう、はたけさんがドアを強く叩く音が遠いところで聞こえた。