腹部の奥がヒリヒリして、気付くと薄暗い部屋にいた。前の世界の牢屋以上の空気の重さで、冷や汗が酷い。証拠に、部屋のあらゆるところにカプセルの中で奇妙に人間が浮いている。私もあのようにされるのだろうか…。実験台のような机の上に座っている大蛇丸と目が合う。

「…ここは」
「私のアジトの一つ…かしら」
「そう」
「あら。聞かないの?このモノのこと」
「……聞けば教えてくれるの」

奴が顎で指した先には、先ほど気付いた奇妙なカプセルだ。何かのカプセルに入れられた人間は、色の付いた液体の中で浮いている。一つのカプセルに一人、もあれば複数詰められていたりと様々だった。…何かの実験に使っているのだろうが、聞いた所で腹が立つ自信しかない。

「あなたにはまだ早い…とでも言っておこうかしら」
「……」

なんやねんその返答。腹立つな。あー、この眼(災史眼)の使い方さえ分かれば!目の前の男の記憶操作ができるのに。そしたら全て終わるのに…、と思ったが、大蛇丸のことだ。絶対色んな手を使って記憶を引っ張ってくるだろう。…つまりは、逃げ出せないということだ。なら…

「…私をこっちに呼んだのはアンタ?」
「ええ。ミリンという女がいたでしょう?」
「……その人に掛けられた術か」
「そうよ。そこまでは計画通りだった。けれどお前が最後にその眼を使ったせいで、少し狂ったのよ」
「…?」

正直、使った覚えなどない。はたけさんの最後を知って、自分などいなくなれば良いと願ったぐらい……

「!?もしかして…」
「あら。その眼を使ったことを忘れてたの?自分の記憶を封じた、ってところかしら?」
「………」
「未来にお前はいないことになってる。お前と関わった人間の記憶は全て消されたのよ。その眼の力でね……」
「…!」
「だから向こうに送った私の部下も帰ってこないのよ。…お前に記憶を消されてね」
「…っ」

そ…んなことしてたのか私。なら、ミリンさん達は…ある意味、それで良かったのかもしれない。はたけさんは居ないけれど、大蛇丸の部下という肩書きを忘れて、普通の人になれたのなら。

…いや、待て。未来で私と関わった記憶がないのなら…ここ(過去)の世界で私が何事もせずに、モブキャラとしてあの人達と関わらず生きれば…あの未来は来ないのでは?そしたらやはり、はたけさんも死なずに済む…?

「ククク…。未来を変えようと必死ね」
「…当たり前でしょ」
「でもそうするには、お前の力だけじゃ無理なこともあるのよ」
「え」

そう言って大蛇丸の手に持たれていたのは、予言の書、という巻物だった。内容を読め、と言わんばかりに差し出してくるので仕方なく受け取る。目をやるも…すげぇ達筆でしんどい。読みづらいが、条件が揃うと魔物が落ちてきて世界を滅ぼすよ的なものだった。これが、一体…?

「これは…お前についての書物よ。」
「……はっ?」

私魔物だったの?は?え?いやいや、私が生きた時代からトリップしてきただけの普通の人間ですけど。……

「そもそもお前の持つ災史眼は、伝説の眼と謳われる程に曖昧な存在だった。そんな脅威な眼だもの、人々は信じていなかった…。でも昔から伝わるこの巻物を見て、私はその眼はあると思ったの。なんでだか分かるかしら」
「………」

微動だにしない私に、やつは微笑みながら片方の手で白い炎なようなものを出した。それを私が持っている巻物にかざすと、反応するかのように浮いてきた文字が居た。

「え……、文字が…」
「そうよ。チャクラを当てると浮かんでくる文字があるの。見えるかしら」
「………!!」

見せられた文字は、酷く胸を刺すものだった。

"己の最も大切な者が死となり
伝説が舞い降りることとなろう"

「己の…最も…大切な者……?」
「そうよ。お前にとって言えばはたけカカシね。その文を見つけたとき、伝説はあると確信したわ。だってそんなえぐい条件なのよ?…ゾクゾクしたわ」
「…だから、私を人質にはたけさんを……?」
「そう。予言通りにしないと災史眼は完成形にならない。だからあの男には死んでもらっただけ」

軽々しく言ってくるものだから、あ然とした。……あの、ミリンさん達の会話で何となくそうではないかと思っていた。…きっとこの眼のせいで、大蛇丸のせいで、とは思っていた。思っていた、けれど…!酷く、胸が焼ける音がした。…ダメだ。まだだ、情報を、引き出せ…!

「……なら、里の人間を異世界に飛ばした理由は?」
「あら。よく知ってるわね。実験よ?まだ、お前が災史眼を持っていることを知らなかったから」
「…ならどうして私がこれを持ってると知ったの」
「ミリンよ。あいつははたけカカシの女だったからねぇ…?」
「っはたけさんだって私がこんな眼持ってるって知らなかった「なんてことはないわ。黙ってただけよ」
「……!?」
「あの世界で、天気を変えたことがあるでしょう?」

…情報量の多さに頭がぐちゃぐちゃだ。その中から必死に引っ張って、はたけさんといた時を思い出す。天気…たしか、夏になって、牢屋は暑くて死んでた。涼しくなれって…夏が夏であることを、忘れたらいいって……。そう思った後目が覚めたら、里全体が夏とは思えない温度になっていたことがあった。異常気象だって、ニュースになってたっていう、アレ…?

「私が…やったって…言うの…」
「そうよ。お前の災史眼で、天気まで変えた…!奇跡の眼なのよ!!」
「……っ!」

自分の眼の威力に恐ろしくて、酷く吐き気がした。

「その時でも、完成形じゃないっていうからすごいわよね。この世界に来て既に災史眼を持っていたんだもの、お前」
「…はたけさんが死んで、完成形になって言うの」
「ええそうよ。向こうで死にかけだったお前が無傷なのはそのおかげじゃない」
「……!?記憶だけじゃ、」
「完成形になると記憶と連動するのよ。身体も…環境も全て思い通り。今回はリセットされただけみたいだけど…」

ねっとりと冷たく微笑んだ大蛇丸から発せられる言葉は、どれも全て現実味がなかった。それほどまでに恐ろしい眼だったのだ。特殊設定にしては行き過ぎやしないか。伝説とか、人が死んで完成するとか、生温くてやさしい世界にいた私には遠すぎる。そんな眼を持っていることも、はたけさんがあの時亡くなったということも、実感なんてない。

引き出せるだけ情報を引き出さねば、なんてどこからきた正義感だったのか。もう雰囲気に飲み込まれてそれどころではない。それにこれだけスラスラと話してくれるのも、なんだか可笑しい気もする。…わざと教えに掛かってるような、そんな、

「……アンタは、この眼が欲しいんでしょ?」
「ええ、とてもね。でも今じゃないのよ」
「………今じゃない?」
「そう。だから木の葉に戻してあげるわ。お前を知る者はいない、木の葉にね……」