もうどうしようもないくらい深みに嵌ってしまったのなら、いっそ静かに底地で眠ればいい。きっと生温い愛情に似た何かで、目を霞ませてくれるだろうから。そうして今日も世界は色を失って、狭まって、小さな呼吸でさえ幸福に感じていく――…


「…――そんな恋したい。」
「お前影響されすぎ」

仕事終わりの居酒屋。夜21時。ビールを軽く一気飲みして言えば、返ってくる同じ言葉。呆れた顔でそれを言うのは同じ会社で営業部のシカマル。総務部の私と仲良くなったのは25歳(同い年が集う)会からだ。今日は花金の夜に残業している私を見兼ねて誘ってくれたわけで。

そして私は毎度、見た映画やドラマに感化されて夢見がちな恋がしたいと嘆いてはつっこまれる日々。

「恋愛一番に生きたくはないけど、一回ぐらいそう生きてみたいじゃん…」
「お前もう25だぞ?そういうのは10代に済ませとけよ…。」
「いや違うんだって!大人になってするから良いんだよ!!」
「それが許されるのは映像の世界だけだっての」
「…もー。シカマルは夢がないなあ」
「名前が夢見過ぎなんだよ」

うるせーやい!と言い捨てて残ったビールを飲み干した。するとそれを狙ってかのように新しいビールを店員さんが持ってきてくれたので、首を傾げるとどうやら知らぬ間にシカマルが頼んでくれていたらしい。

「シカマルってそういうとこあるよね…デキる奴だ。」
「…お前に言われると褒められてる気がしねぇのはなんでだろうな」
「そしたらもう私何も言えねえ…!」
「損すんなァ、相変わらず」
「…なんだろこの湧き上がる殺意は」

まあこんな感じでシカマルとは仲良くして頂いている。…聞けば、このちょんまげが社内で結構モテている方らしい。仲の良い同期にも、二人でよく飲みに行くことを羨ましがられた記憶がある。けれどお互いそういうのはなく、真面目なお友達同士である。

「そろそろ行くか」
「お、もうこんな時間?終電じゃーん」
「間に合うだろ。駅まで遠くなかったしな、行くぞ」
「おうよ。…ってお会計!」

そのまま店を出て行くシカマルを引き止めようとするも、店員さんはお礼を言うだけでいつもの匂いを感じる。

「…また知らぬ間に払ったな?」
「うるせ。そういうのは男の役目なんだよ」
「だーかーらー!毎回言ってんじゃん!それは彼女だけにすればいいんだって!」
「あー喉乾いたな。コーヒー買ってくんね?」
「買うよ!!買うけど!!私の話聞「そこの自販機で良いから頼むわ」
「せめてコーヒー屋さんの買わせて!?」

なんて反論するけど、いつも負けて自販機の120円コーヒーを奢る。…が、毎回のことだ。こういうところもモテる要素の一つになるのだろう。…なのになぜ彼女がいないのかいつも不思議で堪らない。本人曰く、めんどくさいらしい。なんて贅沢な…。

「はーあ。一課のカカシさんとか、三課のサスケくんとか、間違って私のこと好きになってくんないかなあ」
「……そこまで頭悪くねえだろ」
「だよねえ…。それに二人とも彼女いるし」
「カカシさん辺りはそろそろ結婚すんじゃねえか?」
「うわぁ最推しなのにつら」

カカシさんの直の部下にあたるシカマルが言うんじゃ、信憑性が増しすぎてしんどい。部署も違うしあまり接点はないが、それこそシカマルのおかげで何度か話したことがある。そこからただのファンになり、妄想相手に多々登場する人である(ゴメン)。そんな23時46分、まあまあ寒い道のりを歩いていた。

「誰か名前貰ってやってくんねーかな」
「……おいよぉ。そこはよぉ。嘘でも俺にしとけよとかねえのかよシカマルさんよ」
「生憎お前の妄想通りにするつもりはねえな」
「独り身にやさしく!!」
「まあそのうち現れんだろ」
「そのうちっていつうち…「あ」

え?とシカマルを見上げると、視線の先には先ほどの話題にも上がったカカシさんの姿。隣は彼女だろうか、手を繋いで幸せそうに歩いている。視界が霞むような幸せ絵図は今の私には凶器だ。顰めっ面が過ぎたのか、隣のポニーテールは喉が笑う音を響かせてくる。

「お前って本当飽きないよな」
「はぁ?それ嫌味ですかぁ?」
「ちげぇよマジな話だって」
「へーへー有難いお言葉で」
「黙ってりゃあ顔は可愛いんだし、口さえ何とかなれば…サスケ辺りいけんじゃねえか?」
「えっ!本当なのシカマルくん」
「…うわぁ急にうぜー。褒めんじゃなかった」

自然と笑えるこの瞬間も、まあまあ好きなんだけどな。とは口が裂けて死んでも言わない。真剣に友達過ぎて恥ずかしい。…ので、私達はこれからもこの関係でずっといたいなぁと思った。そんな瞬間、遠くを通り過ぎたはずのカカシさんと目が合った気がした。でもそれを上回る衝撃が走ってヒュッと息が消えた。

…あれ?なんで?なんで私手繋がれてんの

「な…「もー冬だな」
「え…まあ…今12月だし」
「そろそろ鍋でも食い行くか」
「……あぁ、…おう…」

意味不明な言動すぎて少々パニック。…ハッと気付いてカカシさんを見ればもうその場からは居なくなっていた。…目が合ったのは幻だったのか。ならば今の状況も幻にしてくれないだろうか。なんて思っていたのが伝わったのか、自然と離れていく手。……いや何だったんだ今のは

「…気付けろよ」
「はっ?何が…」
「お前意外と…、いやいい」
「なんだよ今日シカマル変だよ」
「…」

そう言うと少し眉間に皺が寄る。…いや本当に今日のこやつは謎すぎて。今の手繋ぎといいこのといいなんだ?頭がおかしくなったのだろうか…とまあまあガチで心配している。けれどその時、シカマルが何を考えていたかなんて私には知る由もなくあの事件が起こるのである。