あの日から彼―――、サスケくんから浴びる視線の色が変わったこと、気付かないほど鈍感でもなかった。そもそも意識すらされてなかったであろう存在だったはずなのに。タイミングを見計らっているようなその目に、避ける日々が地味に面倒だ。同じように、私がカカシさんを見る目も変わってしまったが。 ハァ、と溜息をついて給湯室でドリップコーヒーを開封した。狭い空間でゴチャゴチャした罰しんど。でもあの興奮には抗えなかった。人間めんどくさ。なんて思っていると誰かが入ってくる音がした。つられるように顔を上げると、避け続けた黒髪と視線が合った。 「名前」 「!」 そう呼ぶのも、あの日からだ。異様にきもちわるくて、すぐその場を去りたくなる。どうでもいいコーヒーを背に給湯室から出ようとすると、バッと捕まれる右腕。驚いて声にならないまま、引っ張られて隣の壁に押しつけられる。壁ドン…と喜べるほど肝は据わっていない。 「…離して」 「お前が避けるからだ。」 「別に…そんなこと」 「じゃあ何故目が合わない」 「…」 後ろめたいからだ、アンタの彼女に。と喉まで出たそれは外の世界にいかない。アレが最高のエッチだったと思ってしまっているから、余計に最悪なのだ。でももうそんな間違いは起こさないし、関わろうと思わない。…思ってはいけないからだ。理性が負けてしまった原因を作ったカカシさんも、便乗したサスケくんも私も嫌いなのだ。そんな私なんて死んでしまえばいい。 「…聞いているのか」 「聞いてる。理由なんてないよ、元々そこまで仲良くなかったじゃない。」 「俺は…「もう、こういうの止めて。迷惑だから」 切り離したい、本能の自分なんて。この人と居ると可笑しくなることを、もう知ってしまっている。捕まれた腕を振り解くと、彼の身体を押して給湯室から出た。…もう、思い出したくないのだ。疼く胸は、恋なんかじゃない。ただの欲だ。溜息を付くと、ふと捕まれる手首。っだから!と声が出て振り返った。 「止めてって言って「名前?お前どうしたんだよ」 「……シ…カマル、。…」 「何度呼んでも振り返んねえし。最近おかしいぞ、お前」 「…考え事してた」 「…名前「ごめん仕事戻る」 何か言いたげなシカマルの顔を知りつつも、やんわりと手を振り解いてデスクに戻る。忘れたコーヒーよりも、彼らに捕まれた箇所がヒリヒリして痛い。デスクに戻った私は、何事もなかったかのように仕事を再開する。…まさか、振り返らなかった私の後ろで、あの二人がどんな会話をしていたかも知らずに。 *** 「名前ちゃん」 「……えっ?」 そんな帰り支度をしているときだった。時間も遅く、広いフロアに私だけだと思っていたが誰かがいたようだ。驚いて振り向くと、更に息が止まる人がいた。……カカシさん、だった。一瞬で脳内にあの時の映像が流れる。…嫌な汗が心臓を伝った。今日なんなの一体。、 「まだ居たんだね、こんな時間なのに。」 「……ああ、はい。その…要領が良くないので」 「謙虚だねぇ。随所から聞いてるよ、仕事の早い事務員さんだって。」 「いや……恐縮です、」 正直そんなに喋った記憶も無い人である。営業部ではなく総務部である私は、話しかけられるタイミングもなかった。だからこそこのタイミングが怖い。まだあの とにかく早くこの場を去りたい。そんな心が帰り支度を早まらせる。鞄に荷物を詰め込んで、席を立とうとし 「見たんでしょ?」 「えっ?」 −−−気付いたら隣にいて、思いもよらぬ言葉が降りかかってくる。……遅、かった。 心臓が黒い音で怯えるように響く。見上げたその顔は、いつものように微笑んでいた…かに見えた。…違う。これは一ミリも、笑ってなどいない。一瞬で背筋が凍る。固まってしまったかのような私の身体を知ってか、不自然に肩に置かれた手が重い。 「俺、知ってるよ。居たんでしょ?あそこに」 「……なに、言って」 「サスケと愉しくやってたもんね?」 「…!!」 大きくて重い何かが、落ちてきたかのようだった。衝撃の大きさが比喩できない。動揺が隠せなくて視線が泳いでしまった私に、ハハハと笑った声がおちてくる。頭を撫でられて、色のある目が私を見据えた。 「危ない橋だったけど…渡ってよかったよ」 「……え…」 「サスケに先越されたのは、心外だったけどね。」 「!?」 あり得ない点と点が、線で繋がったような…そんな感覚に陥った。でもそんな思考はあり得ない、けれどそれなら今の言葉の意味がストンと胸に落ちる。……駄目だ、駄目だと警戒音が心臓の中で響いている。このままここに居たらこの先がどうなるかなんて、馬鹿な私にだって分かる。……奥底に眠る欲に堕ちた私だけが、悦んでいた。 ……いやだ。もう、自分を嫌いになりたくなどない。でも抗えない。目の前の誘惑は、煌びやかに甘くて沼だ。…たすけてほしい、誰かここから私を引きずり出して。と、カカシさんの手が頬に落ちてくる前に思い切り願った。 「カカシさん」 「「!」」 −−−…見えたのは、ポニーテール。 「部長が呼んでましたよ。トラブったみたいで」 「………そうか。どこにいた?」 「5階っす。」 ありがとね、とシカマルの隣を通過して行ったカカシさんに、思わず身体の力が抜けた。……良かった座ってて。立ってたら崩れ落ちてるところだった。思考が纏まらない中、奴は近づいてくるわけでもなく。その場から飛んできた声が妙に安心感をくれた。 「おいアホ。行くぞ。」 「………あほじゃ、ねえし。」 ← |