「簡単に言って嫉妬してる。」 目の前が真っ白になった。苛立った顔でそう言ったのは見慣れたおじじではない、その上司だ。数ヶ月前までその銀髪を安易に触れる仲だったその人は、いかに自分が腹を立てているかと説明している。外さない指輪を棚に上げて。 「お前ほんと腹立つんだよね。」 「…え、ちょっと待ってください何に?」 「言いたいことは山ほどあるけど、言わない」 「えー。教えてくださいよ。ちょっとだけ」 「イヤ」 パソコンで野球の速報しか見ていないのに、仕事してる感を出して視線もくれない頑固オヤジ。お前からフェードアウトしてったくせに。最近冷たくて、それにキレたりしたぐらい。 よく他の営業と話していて嫉妬されたあの頃。元に戻ってはいけないと分かっていても、嫌われたんでないと確信してしまった心は、もう引けない。他の営業さん達が外出して誰もいないフロア。ノートパソコンを勝手に閉じた。 「…腹立つなぁ、ホント」 「教えてくれたら止めます」 「ムリ。…あ、これ見て」 「?」 引き出しからメモ書きを出した。一枚目は仕事のことがびっしり書かれていたが、めくった二枚目に【むかつく】の隣に正の字カウンターが書かれていた。5個目が足されて、正の字が完成してしまったようだ。つい笑いが溢れる。 「そんなに腹立ってたんですか?」 「これ10個溜まったらもー知らないから」 「待って待って、何に怒ってるんですか?」 「確信犯でしょ、絶対。」 「えぇ…分かんないんですけど」 「俺結構根に持つからね。」 「…それは知ってますけど…。何…?別の営業さんとランチ行ったの見たとか?」 「それ見てLINEブロックして消したよね。」 「うわぁ…。」 そこまで腹が立つほど、私を見ていたことに得体の知れない何かが悦んでいる。だってあなたから終わった関係だと思っていた。だからもう忘れようとして、おじじと一緒に住んでることを感謝したこともあったのに。 「、でも(この関係を)辞めようって言ったのははたけさんじゃないですか」 「言ってはないよ」 「LINEだって返してくれなかったですし」 「くれたら返すよ」 「最後の方は私から会いたいって言わないと会ってくれなかったのに?」 「…」 デスクに向かって座る彼に、手首を掴まれた。そのまま引かれると、太腿の上に座らされる。そのまま後ろから抱き締めてくる。仲の良いときは、こうやって人目を盗んで触れたりしたなぁと胸が締められる。少し振り向くと、マスク同士がすぐ触れそうな距離だった。 「おこってるの?」 「怒ってる。」 「もう仲良くしてくれないんですか?」 「…それは今後の(名前の)態度による。」 「じゃあもう遊ばない?「それは遊ぶ。」 「下半身は別ってことね」 「どう?この素直な感じ」 「んー…、許す。」 マスク越しに唇を寄せた。理性なんて無かった。いや、あの頃からなかったのかもしれない。社内で触れることの背徳感に魅入られた、あの時から。ゆっくり顔を話すと、私の首元に顔を埋めている姿がかわいい。 「いつ(遊ぶ)?土曜日?」 「来週の水曜がいい」 「今週土曜日休み?」 「休みだけどダメなの」 「予定あるの?」 「そう。だから水曜日ね」 「ん」 また一つ、沼にはまる。自ら重たい鎖に繋がられに行った気分。後からの後悔をこれほど知っていて、シカマルにまたどやされることを分かっていてもなお、この欲を手放せない。この、どうしようもなく可愛くて残念なこの人を。 「提案があるんですけど」 「なーに?」 「私も、はたけさんのLINE消しちゃってるじゃないですか」 「そーね。お前は随分前から消してたしね」 「だから、また交換しません?」 「……考えとく。」 えー。と反論しながらはたけ椅子を立つ。つられるように彼も立つと、コーヒーを淹れに行った。文句をタラタラ呟く私を背に、デスクにそれを置くとまた私を引き寄せる。胸板の前で反転させられて、後ろから。多分、そうしてエレベーターが動いているか確認しもっているんだろう。今誰か来たらジ・エンドだ。 「まだ怒ってるの?」 「怒ってるねぇ。」 「根深いなぁ…。」 「今更でしょ。」 振り向いて抱き着くと、頭に大きな手のひらが優しく乗った。誰かが来る気配を察知して、何事も無かったように離れる。一つ上の自分の階に戻ると、社内メールを打った。でもすぐ送信が押せなくて、帰る間際まで下書きに所属するのだが。 【気が向いたらLINEしてください。ID:……】 送れたのは帰る5分前。そこから気になる通知の行方。携帯ばかりソワソワ見てしまう。でもブロック削除されたぐらいだし、今日は来ないか…。と思うも、帰り道にひとこと、おつかれ。だけ来ていて、尊い。二酸化炭素に依存する音がした。 ← |