デスクで契約書のチェックをしていると、マウスの横に置かれた手が目に入る。見上げるといつもの銀髪眼帯が、にっこり微笑んでいた。左手は、いつも決まって私の椅子に置かれている。距離感バカ部下だ。

「名前さん、お昼行きませんか」
「名字さんでしょ。」
「いいじゃないですか。俺と名前さんの仲でしょ」
「…言い直さないとランチには行かない」
「いつもの日替わり売り切れちゃいますよ?」
「そしたらコンビニ行くけど」
「…あれ、今日は頑固ですね。」
「!」

覗き込むように顔が近づいてきたので、驚いて身を引いた。けれど椅子に置かれている奴の手が邪魔をして、距離を作れない。咄嗟に見上げると、目が合ったことに悦んだらしく余計に近づいてきた。

「今日もかわいいですね。」
「…!近い退いて」
「ランチ?」
「…っ〜〜、分かったから!行く!」
「そうこなくっちゃ。」

今日も今日とて、この部下のペースである。…憎たらしい。やっと退いた奴を横目に、財布を取り出して席を立つ。

隣で嬉しそうに、今日の日替わりランチの話をしているのがはたけカカシ。歳は私より3つ上だが、私より後に入社してきた中途社員であり直属の部下。残念ながらもう3年は経つだろう。私の前ではこんなだが、仕事では売上トップ3には毎月必ず入っている。昇進の話を幾度も蹴ってまで、私の下で在りたいらしい…。年下の上司って普通イヤでしょ、っていう説得はもう諦めた。

「今日、お昼から時間ありますか?」
「ん〜…同行?」
「はい。うちは商事との商談があるんですが…できれば名前さんも付いてきて頂きたくて」

日替わりの鮭をつつきながら、提案を聞く。正直、はたけさんだけで出来ない案件などほぼない。役職のある私を連れて行っても、うちは商事なら取引は何度もあるし意味はないと思うが…。という心情を読み取ったのか。

「ん〜、私行っても「フガクさんが名前さんに会いたいと言っていたので…」
「……。」
「ダメですか?」

申し訳なさそうに聞いてくるが、それもうノーって言えないようにしてるよね。イエスの返事しか聞かない顔だよね。と心の中でツッコミながら、いいよ。と答えた。フガクさんが会いたいって言ってくれてるのは、あながち嘘ではないだろう。たまにイタチ伝えでそんな話も聞くしな…。

「14時にうちは商事で商談なので、13時過ぎに出発でいいですか?」
「うん。電車?」
「いえ、車で。見て帰りたい物件があるんです」
「了解。」
「よろしくお願いします、名前さん」

こつん、と足に何か当たる。嫌な予感がしてサッと足を引くも、また当たる何か。…どうせお前だろ。と満面の笑みを浮かべた奴を飽きれた目で見つめるも、全く気にしていない様子だ。…私なめられ過ぎだな。はぁ、と溜息をつくと振動する携帯に気付く。

「はい名字です」
≪悪い。俺だ、今大丈夫か?≫
「あ、イタチか。どうしたの」
≪今日の夕飯だが…すまない。波風不動産に誘われて断れなかった≫
「あーそうなんだ。分かった、全然いいよ気にしないで」
≪すまない。なるべく早く戻る≫
「ん、待ってるね」

電話を切ると、食べ終わったらしいはたけさんが意味深にこちらを見ていた。もうつっこむのも面倒なのでスルーしよう。とお味噌汁を飲んだ。

「イタチさんですか?」
「んまぁね」
「帰って来ないんですか?今日」
「んー帰っては来るだろうけど」
「名前さん誕生日なのに…」
「……よく覚えてんね。それにビックリしたわ」
「だって今日で30歳じゃ…?」
「…言葉にされるとなんか嫌なんだけど。」
「すみません…。でも新婚なのに」
「仕事だから仕方ないでしょ。別に気にしてないし」
「ふーん…。」

特に気にもせず、お味噌汁を飲み干すと席を立った。フガクさんに会うなら身だしなみを整えなければ…。私の後をついてくるはたけさんに、じゃあ13時に駐車場で。と伝えてその場を離れた。歯磨こう…。とのんびり考えていた私の背を見つめる彼の視線は、まるで夜を食らう男の眼だったというのに。