年下の上司とは?私ならなるべく避けたい。でもこの銀髪部下は私から顎で使われようとも、タメ口使われようとも、笑顔を絶やさない。敬語を崩さない。なにか人と違う感性を持っているの(ちょっとアホ)だと、そんな思考でぼんやり誤魔化していた。…今日までは。

「今日、ありがとうございました。」
「いーえ。てか、私何にもしてないし」
「いや、名前さんのおかげでフガクさんかなりご機嫌でしたし」
「だといいけど。」

帰りの車内、コンビニで買った100円のアイスコーヒーを片手に助手席でのんびり返事をした。運転席のはたけさんはいつもより楽しそうだ。それもそうか、うちは商事の案件で今月売上トップだ。

「今月…ってか今月も、だね。売上ナンバーワン。おめでとう」
「いやぁ、全部名前さんのおかげですよ。いつもありがとうございます。」
「いやいやいや止めてよ、私本当に何にも…」
「でも俺、結構頑張ってますよね?」
「え?そりゃもちろん。私の300倍ぐらいは余裕で」
「じゃあ…ご褒美欲しいです。」
「ご褒美?」

飲み終わりを告げるように、ストローから空気を吸う音がする。ちょうど赤信号で停まった車の中、はたけさんがいつもの胡散臭い笑顔でこちらを見た。

「今日、飲みに行きません?」
「……いいけど。それがご褒美になんの?」
「すごくなります。だからお祝い、させてください。」
「…ん?それ逆じゃない?」
「いーんですよ気にしないで。いつもみたいに適当に頷いててください。」
「なんだろそれディスってるね…。」

ハハハ、と笑うはたけさんを横目に、気づけば言われるがまま頷く私。…マジでどっちが上司か分かんないぞこれは。そう思う中、時間と待ち合わせ場所を告げられる。分かったと告げながら、いつも行く大衆居酒屋じゃないんだなーぐらいしか思っていなかった。


*


「……はたけさん」
「なんでしょう名前さん」
「場所間違ってない……?」
「いえ、ここです。」

にこにこ微笑まれるが、今だけは流せない。連れてこられたお店はドレスコードが必ず必要であろうような、高級すぎるレストラン。私達はスーツだからギリギリ通って来れたようなもので、普段着なら絶対アウトだ。軽くパニックの中、説明されるも何を言っているか分からない赤ワインが注がれる。注文してないんだけど……

「じゃあ、名前さん。改めてお誕生日おめでとうございます」
「あぁ…はい…。ありがとうございます…。」

圧倒され過ぎてそんなもん忘れてたわ。と喉から出かけた声を飲み込んで、小さく乾杯する。これどっちのお祝いなのよ…。その後も高級ですと言わんばかりに、長すぎる名前がついた料理たちが順番に出てきた。実際、テーブルマナーの方に気を取られてあんまり味わえなかった。と、少しホッとしたのは最後のデザートの後、席を立った今だ。

「はたけさん今日どうしたんだ……?」

いつも少し変わっていることは知っているが、今日ほどぶっ飛んだことはなかった。…でもまぁ、イタチに振られた私を見かねて誘ってくれたんだろうけど……。結婚してもう5年は経つし、あんまり気にしていなかったんだけどな。彼には私が酷く落ち込んでいるように見えたのだろうか。

「そしたら上司失格だな…。」

小さく言葉を落として、リップを塗り直した。時計は21時過ぎを指していて、今から帰ればイタチより早く家に着くなと少し口元が緩んだ。


「今日は付き合ってくださってありがとうございました。」
「………なんでお会計してんの勝手に。」
「え?そんなの言わせないでくださいよー。」
「ハァ…。」

お店を出ての会話一発目。いやだって、席に戻ったらもうはたけさんがいなくて、店員さんに聞けばお連れ様がお会計を済ませてもう外に出られましたとか言うし、慌てて出ればこれだ。もはや付き合ってくれたの君だけどね…、と思いつつ、ありがとう、と返事をした。

「でもさ、」
「はい?」
「これはたけさんへのご褒美になってなくない?むしろ私にじゃ「いーや、とっても頂きました」
「…、はて……?」
「ハハハ!はて、って…。名前さんってホント…」
「え?」

暗くなった背景でも映える、無邪気な笑い顔。珍しくてつい口が塞がる。そんなぼーっとしていた私の後ろから、酔っているのだろう若者の軍団が歩いてくる。不意に腕を取られて、はたけくんの胸に抱き寄せられる。え、と顔を上げるも咄嗟に、ぶつかりそうだったのかと気付く。

「……あ、…ごめん…。ありがとう」
「いえ。…何に見惚れてたんですか?」
「えっ…」

なんとなくドキッとして、反射で見上げると至近距離であったことを思い出す。彼が屈めば多分…。と邪険な思考が降ってきたのは、あの長い名前の赤ワインのせいか。すぐに我に戻り、奴の腕を押し返す。

「別に何でもない!…帰りは「待って」
「え」

腕の中から離れたと思ったのに、その数秒後捕まれた左腕。縮められた距離が、もう見上げてはいけないと警告されている。…何かに飲まれるような、飲まれたら最後それに抗えない。でも下手に言葉も出せなくて、戸惑う私の右肩を軽く捕まれる。反動で、見上げてしまった。

「……俺「名前?」
「…あ」