「驚いたな。名前があんなところにいるとは」
「それは私もだよ。色々助かった」
「色々?」

リビングのソファでいつも通り膝枕をしてくれる旦那、もといイタチを見上げた。彼がホットコーヒーをテーブルに置いた音は、あの時初めて敬語でなかった奴を思い出した。…内心、イタチがあの場から連れ出してくれて本当に助かったと思っている。

「はたけさん。なんか今日変だったからさ」
「…そうか。なら良かったが、」
「?」
「お前は隙がありすぎるぞ」
「隙…」

それってはたけさんとどう関係あんの?という顔をしていたのか、軽いデコピンをお見舞いされる。イテッと色気のない声に笑われて、拗ねる私をなんだかんだ慰めてくれるイタチとは本当に仲が良いと思う。

「名前」
「ん?」
「奴も男だ」
「…?そうだね」
「だが、俺が旦那だ。」
「うん?そうだよ」
「…心配だ」
「!」

膝枕がなくなって、しれっとソファに押し倒されている。そんな顔のイタチに見下ろされるのが、堪らなくゾクゾクした。首元に落ちてくる唇は、私の女をいとも簡単に呼び起こす。

「…お誕生日おめでとう」
「……ん、…今なのそれ」
「プレゼントは俺だ」
「っはは、それ最高におもしろ…っ」
「余裕なのはいつまでだろうな」
「……っ」

イタチが上半身の服を脱ぎ捨てて、程よく鍛えられていて色気が垂れ漏れている。思わず大胸筋の割れ目に指を這わすと、少し目を細くした彼が余計色っぽい。すぐに覆い被さってきては、合わさった唇から漏れる吐息が厭らしい。そうして身に纏う服がなくなっていくのと同時に、私の本能に近付く音が響いた。


*


「あ、おはようございます」
「おはよ。」

次の日。気まずさを一瞬で飛び越えてきた銀髪眼帯に少し安堵する。直属の部下ってな…。昨日のはたけさんが思い出されるが、お酒も入っていたことだし深掘りしないことにした。それより腰が痛い…。イタチめ…。

「…名前さん?」
「ん?ごめん聞いてなかった」

デスクに荷物を置いて、顔を上げた。不思議そうに見つめてくる奴と目が合う。なんだか腰がズキズキしてきた。

「…なに?」
「いや、今日綺麗だなって…」
「あぁ、いつもブスってことね。」
「いやいやそうじゃなくて…、……どこか痛いんですか?」
「いや全然。なんか用だった?」
「、いえ……」

そう言って席に戻る後姿がなんだか暗い。気のせいだといいけど。…昨日のことお礼言うの忘れたな。でも出来れば触れたくない、気もする。あの空気にすぐに呼び戻されてしまいそうな、そんな気がして。


「きっつ…」

午前中は出来れば動きたくない精神で、デスクワークに勤めていた。けれど眠気が襲ってきて、談話室でコーヒーを淹れた。昨日のイタチを思い出すと、こちらもこちらでいつもと違う気がした。いつもの優しいセックスではなく、何かぶつけてくるような、オス丸出しというか…。…もしかしてはたけさんとの場面を見られたから?でも全然気にしてなさそうだったけど…

「名前さん」
「うわっ!ビックリした止めてよ急に」
「いや、何度か呼んだんですが…」
「あ…それはごめん。どうした?」

急に現れた(と思った)はたけさんが隣にいた。いや、俺もコーヒーを…と私待ちだったらしい。もう心臓に悪い!と思うも、悪いのは完全に私なので素直に謝罪。コーヒーメーカーから一番近い椅子に腰掛けた。熱湯を頭から被りたい気分だ。

「今日、ぼーっとしてますね。昨日何かあったんですか?」
「!…あ、昨日ご馳走様でした。美味しかった」
「いやいや、こちらこそです。また行きましょうね」
「いつもの居酒屋ならね。」

ハハハ、と笑われても安堵する胸。上手く話題を逸らせたからだ。出来ればこの場からも早く離れたくて、まだ少し熱いコーヒーを一気飲みした。舌が少し火傷した音がする。お先、と席を立つと、勢いよく立ち過ぎたのか腰が悲鳴をあげていた。んもぉ…。談話室を過ぎた廊下で、非常階段のドアの前で立ち往生。

不意に、ぞわっと背中が鳥肌が立つような、そんな体温に触れた気がして振り向くと、

「!何して「こっちです」
「ちょ…」

ゼロ距離に奴がいて、思わず肩をすくめる。腰に触れかけた手は、すぐに肩に移動して私の身体を非常階段へ押し出した。

バタン、と扉が閉まった音。その扉に押し付けられるように私は立っていた。捕まれた両肩はそのままで、なんだか近い距離に昨日を彷彿ほうふつとさせた。視線が離せない。息が止まりそうだ。

「……どし、たの、」
「…」
「はたけ、さん…?」

だんだん俯く顔に、表情が見えなくなっていく。そして一歩、こちらに踏み出された足。俯いた顔は、私の顔の隣にあたる。コツン、と控えめに扉の金属音が鳴った。

「え…」
「、分かりやすすぎて腹立つんです」
「な…何に…。」

嫌でも感じてしまう、はたけさんの体温。イタチとは違う温かさに背徳感が襲う。手で彼の身体をやんわり押し返してみても、びくともしない。すると、肩に置かれていた片方の手が腰に回る。少し抱き寄せられて、腰が嫌に響いて顔を顰める。

「…いたい、ですか」
「……え、?」
「……本当は、優しく、したいんです。」
「え、…」
「でも…その反面壊したくなって」

近付いてくる雰囲気を感じて、反射で顔を上げてしまった瞬間。

「上書きだけでいい…。それだけで…」
「!」

やさしく、とは程遠い噛みつくように唇が落ちてきた。すぐに押し返そうとするも、呆気なく捕まって扉に縫い付けられる。キスが上手い、とは、多分このことである。ダメなのに、火傷した舌が欲しがってしまう。侵入してくる彼のそれを、簡単に受け入れてしまった。

「……っや、め……っ「好きです」
「…!」
「好き…なんです……、…!」

絡まる舌は、私の裏腹な言葉を見透かしている。理性を必死に叫ぶのに、もうどこにもいなくて、どこからおかしくなってしまったのだろう。左手の薬指のそれが光り輝くのを、彼の手が、消していった。