「ただいまー」 「おかえり」 遅かったな、とキッチンで洗い物をする旦那の視線が降ってくる。時計は23時前を示していて、そりゃそうだよなと無表情で嘲笑う。上着を脱ぎながら、欠伸が漏れる。…フリをした。 「シカクさんが途中参戦してきてさぁ…。」 「…それは仕方ないな」 「でしょ?もー長い長い」 部屋着を持って脱衣所に移動しながら、背景で聞こえるイタチに声に適当に頷く。でも嘘は付いていない。ただ解散時間が少し違うだけ。脱ぎ捨てた服はなんとなく生暖かくても、慣れた心臓は動かない。部屋着を身に纏えば、リセット完了。 「腹は減ってないか」 「あ、もしかして何か作ってくれてた?」 「いや…スープが残ってる。」 「え飲む飲む。うれし」 キッチンに足を向けると、残ってなどいない量のスープが鍋にいた。本当に愛おしい人なのだ、この人は。それなのに罪悪感を感じない私こそどうかしている。けれど、嘘だと言われるかもしれないが愛はこの人にしかない。 「温めるから待っててくれ。」 「はーい」 「…聞いているのか?」 「え?うん聞いてるけど」 「…ったく」 飽きれるイタチを後ろから抱き締めて鍋を覗く。その溜息は本当に飽きれたものでない、と分かっている。もし火傷したらどうするんだ?とか、危ないから向こう行ってろとか、私は子どもじゃないって。過保護すぎる彼は可愛い。でも、前はそこまでじゃなかった。 「ね」 「なんだ」 「一緒に食べよ」 「さっきも食べたが…」 「まあまあ、そう言わずに」 ソファに座って、一口差し出す。なんだかんだ言うけど、それを食べてくれる彼に胸の中が温かくなる。だからこそ、どうして何にも言わないの?と込めた視線に気付いているはずだ。勘のいい彼が気付かないはずなどない。それでも流す意味は…と思いながら喉に流したスープは美味しいけど熱くて刺激的で、まるであの彼のようだ。 「名前」 「ん?」 「あまり急いて食べるな、火傷するぞ」 「熱いのも美味しいよ?」 「…冷めても美味いぞ」 「そりゃもちろんそうだけど」 「なら「でも熱いのは今だけだから」 「…」 「すぐ冷めちゃうしね。」 ニッコリ微笑むと、私を見つめる細い目が泣いているように見えた。ねえ、ごめんね。でもよそ見しているのは身体だけ。熱いものに惹かれるのはその時だけだ。すぐ飽きることを知っている。心臓はここにしかない。少し抱き寄せられたので、スープをそっとテーブルに置いた。彼の背中に手を回すと、私の肩に埋める彼がいた。 「…明日はハンバーグを作る」 「お。いいね。私も手伝う」 「……早く帰って来れるのか?」 「意地でも帰ってくる。」 そう言うと、自然と目が合う。近付いてくる唇を受け入れて、おでこ同士が重なり合う。ふふ、と微笑み合う今が一番幸せだということを、教えてくれたのは皮肉にも彼だ。それをイタチも知っているから、何も言わないのだろうか。 「…スープ、飲むか?」 「あ、飲む。もう熱くなさそうだね。」 スープを口に含むと、温くて良い温度だった。おいしい、と微笑むとどこかで誰かが泣いている匂いがした。 ← |