行ってきます、と外回りに出る彼が視界の端に映る。毎度心が揺れる瞬間だったなぁ、と乾いた心臓が嘲笑う。時間薬、とはよく言ったものだ。あれだけ焦がれて、去り際の後ろ姿を必死に掴んでいたあの頃。恋愛脳に絆された別人のようだ、と今なら思える。ただ、同じ職場でなかったらもっと早くこうなっていたとも思う。

毎回外回りの行き先を確認したし、帰社時間に近付くとそわそわした。会いに行く用事を作るのに必死だった。つくづく呆れるが、以前の私の常識だった。気付けば席近くに来ていたシカマルが机をノックする。

「ん?」
「昼飯行こうぜ」
「あ。うん」

時計を見上げるとそんな時間だったらしく、つられるように席を立つ。外に出るか迷ったが、食堂の日替わりが麻婆豆腐だったので地下一階でエレベーターを降りた。しれっと食券を一緒に買ってくれるシカマル。同期だからそんなことしなくていいんだけど。

「どこ座る?」
「どこでもいい。座れりゃそれで」
「はいはい。奥の方空いてそうかなー」

麻婆豆腐定食と共に空席まで移動する。途中ではたけさんが一人で食べている姿と視線が合う。いつぞやかは他の男性ひととご飯を食べてる姿を見られるのも気が引けた。あの人は彼氏でも何でもない既婚者なのに。会釈をして真横を通り過ぎる。

「しっかし人多いな…。」
「麻婆豆腐だからじゃない?名物じゃん」
「まぁそうだけどよ…。」
「みんな魅了されてんのよ。麻婆豆腐様に」
「あー…。惚れたもん負けか」
「そうそう」

アハハと笑いながら席に座る。喉を通る麻婆豆腐はやっぱり美味しくて、シカマルと共に唸る。ちょっとピリ辛で、でも美味しさが勝つ。まるであの頃のはたけさんみたいだと失笑が漏れた。

「…なんだよ」
「えぇ?なんでもない」
「ならまぁいいけど。」
「なーにー?心配してくれてんの?」
「へいへい…。もうそれでいい」

呆れ気味のシカマルが言いたいことは、多分知ってる。言葉にはしないけど、態度や雰囲気が言ってたから。心なしかはたけさんに当たりがキツく見えたとき、確信を得た。でもそれを指摘することもなく、止めることもない。見守るだけのシカマルが、私の目を覚ましてくれた要因でもある。

食べ終わったのか、遠くではたけさんが立ち上がって去って行く後ろ姿が見える。だんだん小さくなっていく影が、私達の距離を顕著に示しているようだ。今度は自然と笑みを浮かべる。

「シカマルくん。いつもありがとうな。」
「……いや怖ぇって。毒でも食った…?」
「今日飲み行く?奢るよ」
「名前……?お前大丈夫か…?」
「アハハ!私のことなんだと思ってんの」

ドン引きな表情のシカマルでさえ面白くて大笑い。でも飲みには行くらしい。奢る件についてはうやむやにされたから、きっと戦いになるだろう。脳裏に浮かんだ美形だった彼は、ただの汚いオヤジと化して記憶が笑った。


解ける/2023.9.18