次の日、荷物を取りに来た奈良さんは深々と頭を下げ続けていた。

「アハハ。とりあえず中入ったら?」
「…悪い」

直接会うと、どうしても怒れずに笑ってしまうのは私の悪いところだ。部屋に招き入れると、正座したままずっと俯く彼に可哀想にと思うほどの慈悲はないけれど。ただこの1日でゲッソリした感がすごかった。まぁ私はその数倍精神られてるけど。

「……本当に、ごめん。でも、俺…」
「何?」
「出来れば……名前に彼女でいてほしい。すげぇ都合の良いこと言ってるのは、分かってるけど…。」
「…」
「何言っても信じて貰えねぇとは思うけど…本当に好きなんだ。、」
「…そう」

都合の良い男のセリフは、こうも響いてこないのか。自分の冷めように結構驚いている。けれどもう信用がないので仕方ないとも思う。今までは私の本音なんて、理性様が壁になって漏れなかった。でももうそんなものもこんな男には必要はない。ニッコリ笑って嫌味を垂らす。

「悪いけど全然響いてこないんだ。」
「…ごめん」
「それに全然、あなたに信用もない。」
「…」
「好きな感情なんてほぼないに等しいけど、それでもいいんだったらいいよ。」

それでも縋り付いてくるのなら、勝手にすればいい。それぐらいのテンションで微笑んで伝えた。きっとすごい怖い人だろう。でももうそんな存在。別れようと言わないのは、少しの情が邪魔しているからだと思う。それですら私って馬鹿な人間だと思えるが。

「それでもいい。一緒に居て欲しい」
「…そう。じゃあ、どうぞ。」
「……ありがとう。」

土下座されてお礼が飛んできた。アハハ、頭あげなよ。と言うけれど多分笑ってなんかいない。よくこんな女と付き合っていたいと思うな。…いやそれは私か。二股されて都合の良い女なのに、それでも振り切れない私の方が。キバに言われるだろうな、そんな奴のどこがいいんだって。…何に縋ってんだろう、私。

とりあえず大体の荷物を持たせて、奈良さんを帰らせた。シカマルくんと呼びたくないのは、心の距離の表れだなぁと自分が分かりやすくて笑ける。そして普段通りお風呂に入って、さぁ寝ようとした時だった。LINEの通知音がした。

「え」

送信者は、思いもよらぬ人で一人でに声が出た。……まさかのはたけさんだった。あの事件・・の後から、バイト先ですれ違う度飲みに行こうと声を掛けてきて、すげぇ神経してるなぁと思いつつまた今度ねーなんて流すこと数回。口先だけだと思っていたが、このLINEの内容がもしそうだったら……

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【2020年6月15日(月)】
はたけさん

名前、飲み行こう 23:54
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「おぉ……。」

なんてすごいタイミングだ。どこかで見てたの?と本気で言いたい。直接LINEが来てしまうと、もう断るなんて至難の業だ。奈良さんには…別に話さなくてもいいだろうが、まだ一応彼氏なのでまた言っておけばいい。でも二人で行くのは今のタイミング的によくはない。流されてもおかしくはない。…ので誰か呼ぼう。

「"いいですね!いつ行きます?"…と」

そう打って就寝。どうせ返事はすぐに来ないし。明日の終わりぐらいだろうなぁと思いつつ目を閉じた。そしてその日は返事よりも先に、バイト先で出会った。

「あ、はたけさん。おはようございます」
「おはよう。次の火曜日とかどう?」
「(おぉ…)いいですね〜聞いておきます。」
「頼むねー」

普通に職場ここで聞いてくるあたり、さすがだな。と思いながら数十秒で終わった会話。すれ違いざまに終わるレベル。でも久々にちゃんと見たけど、やっぱり格好いいなぁと思う。普通に飲み友達で居てくれる分には、最高だろうな。と思いながら仕事に戻った。

***

「え?彼氏いるの?」
「一応。話のネタになると思って今まで黙っててゴメン」

そして火曜日。はたけさん、私、バイト先の後輩(女)の3人で開催となった。マジか、と驚きながらビールを飲むはたけさんは、眼福でした(イケメンだから)。そして実は彼氏、あなたの直属の部下です。とは言わないけども。いつか言えるぐらいまで付き合ってたら、と薄ら思った。

「でも二股されてて都合の良い女だったの私」
「……おー…。そりゃまたヘビーだね」
「でしょ?すっごいクソみたいな男なの」
「でもまだ付き合ってるんだ?」
「一ミリも信用してないけど、それでもいいって言うから。」
「それでも付き合ってやってるお前がすごいけどね。」
「ウフフよく言われる」

話のネタが面白くてお酒が美味しい。後輩は未成年なので飲ませはしなかったが、二人でガンガン飲んでいた。だって面白すぎやしないかこの絵図。以前好きで、しかも間違えた人と今の彼氏(奴の部下)の話して飲んでるって。でも男性の意見は女の子と違って、ストレートで良い意味で優しさがないのでこれはこれで。

「そんな奴とか付き合ってる意味ある?」
「アハハ!間違いない本当そうだよね」
「とか言ってるけど好きなんでしょ?その彼氏のこと」
「えー…どうだろ。前よりは全然だけど。私ってやっぱり見る目ないよねぇ前から」
「……待って。それは聞き捨てならないな」
「前好きだった人も、なかなかのクズだったしなァ…。」
「ハハハ。生ゴミみたいな奴だったでしょ?」
「生ゴミ!!アハハ!それ最高だね!」

もう以前のアレはネタになっていて、それはそれでアリだと思った。間違っても友達になれるんだな〜なんてその時はぼんやり思っていた。まさかその数ヶ月先、あんな・・・関係になろうとはこの時全く思っていなかったのである。


供えた林檎の行方/fin