結局、私から奈良に連絡して1ヵ月ぶりに会うことになった。はたけさんからあれだけ口煩く言われていた、話し合いをしろ、も出来ずに。その日は私の家に泊まって、久しぶりにした。その時のエッチほど悲しいものはなく、前戯一切なしのただ突っ込まれるだけだった。そこで冷め切った私に、もう言い訳はしなかった。

それでも好きだよと、まだ付き合ってたいと言われたかった。求められたかった。

「奈良さんはさ、これから私とどうしたいと思ってるの?仕事が忙しいとかそういうの抜きで」

それから更に3週間後。会って話そうと連絡をしたのは私で、彼の家に来たのも私だ。別れ話をしにきたけれど、それでも止めて欲しい気持ちは、身体の隅々にあった。それでも、鞄に潜めたこの家の合鍵を返す時間に、近づいていることも分かっていた。

「……仕事を抜きには、考えられない。このままずっと忙しかったら、会える時間もないとは思う」
「(会う時間を)作ろうとは、思わないんだね」
「…悪い。身体が付いていかない」
「……そう」

本当に忙しいのだろう、物が散らかった部屋に何とも言えなくなる。けれどはたけさんの、あの言葉を思い出すと仕事は言い訳でしかないのだ。いくら要領が悪くても、好きなら時間なんていくらでも作れる。鞄に手を入れて、合鍵を取り出した。

「これ、返す」
「……ああ」
「友達に戻ろう、それがいい」
「…そうだな。俺も、そう思う」
「…私んちの合鍵は?」
「ああ…」

キーケースに付けられていた私の家の合鍵。それを外す瞬間が、身が引き裂かれるぐらい痛かった。こうなると分かっていても、実際、目の前に突きつけられるとかなりキツイ。目が熱くなるのを必死に抑えて、彼の家を出る。エレベーターまで付いてくるから、もうここでいい、と言って一人乗り込んだ。

「バイバイ、奈良さん」
「……ああ」

目尻を押さえる彼に、いや泣きたいのはこちらだって笑った。私は、別れようと言わされたようなものなんだから。エレベーターが動くと、見えなくなった彼を確認して溢れた涙。ドラマの見過ぎだなぁ、と思いながら泣きながら帰り道を歩いた。なんかもう、どうでもよかった。

***

そんな数時間後、家で号泣中にLINEが鳴った。久しぶりである、ナルトからだった。…ナルトはうちのスーパーの社長の息子で、うちはさんと同い年の28歳。今は専務らしいが、昔はうちの店で社員として2年ほど働いていて私とがっつり被っていた。だから未だに仲が良く、二人でよく飲みに行ったりしている。最近は忙しいらしく、店にも顔を出していなかったので本当に久々の連絡だった。タイミングが何とも言えないが。

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【2020年8月30日(日)】
ナルト

名前!次の水曜
青果と飲みに行くかんな!14:34
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「わーぉ……。」

タイムリーな話題すぎやしませんか。…青果って、はたけさんとこのだよね。それって奈良は…?と怯えながらも、でもはたけさんと飲めるのは嬉しいし。行く。と答えた私も私だ。けれどすぐに、はたけさんに電話を掛けた。時間が時間(15時すぎ)だけに、まだ仕事だろうし出てはくれなかったけど。別れたって言うのと、飲み会に誰が来るのか聞きたかった。ただ折り返しの着信が来るのは、その3時間後のことである。

***

「よ、名前」
「はーたけさん。お久しぶ…り?」
「ではないね。日曜電話したし」
「アハハ確かに」

そして飲み会当日。あの日の電話で、別れたことを伝え、今日のメンツについて下調べ済だったので今ノリノリでここにいる。奈良はもう転勤したのでこの会には来ない、という一言で気分急上昇したっけか。ただアレから直接はたけさんに会うのは初めてで、なんかちょっと不思議な気分だ。

「ね、奈良呼ばなくていいの?」
「おーーーい。コラ?何イジってんのよ」

隣に座ってきた奴に、耳元でそれを言われて秒でつっこむ私。…関西人になれそう。隣でハハハと笑いながらビールを飲む姿は悔しいがやっぱり格好良い。でももう彼の腐った部分も知っているので、好きなんていう感情は一ミリも沸いてこないが。

「めっちゃ元気だね。まさかもう立ち直ったの?」
「それが…。ヘコんだのマジで2日ぐらい」
「え、それはさすがすぎない?」
「でしょー。だから今日はたくさん飲むぞ!んで全部吹っ切るぞー!」
「ん、良い勢い。明日仕事?」
「……そんなの気にしてたら酒なんて飲めねーぞ!!」
「アハハ!まあ頑張って起きなよ」

そこからはたけさんと奈良の話だったり、最近私的に可愛がってる青果の新入社員、木の葉丸くんの話だったりと。お酒が進んで楽しくて楽しくて…、気付いたら遅れてきた木の葉丸くんに酒を飲ませすぎて潰してしまった(お姉さんついやっちゃいました)。

「ナルト…ねぇ見てこの可愛いの」
「おぉ?…おいおい木の葉丸潰してんじゃねぇってば」
「潰れてんじゃないよ寝てるだけだって!!」
「それ潰れてるって言うんじゃねェ…?」

私の膝の上に可愛い頭をのっけて、眠っている木の葉丸くんを撫でる私はナニか。母か?と思いながらも、いつもでは有り得ない距離にいるから嬉しくて嬉しくて(木の葉丸くんは超絶人見知り)。もう母性本能爆発してました。でも、それは私だけでなく……

「本当に可愛いよね、木の葉丸…」
「サクラもそう思う!?さすが相棒…」

そう、この飲み会には彼女もいるのだ。だからこそはたけさんが面白がって、奈良と付き合ってたことを聞こうとしていた。けれど上手く交わす彼女はさすがだ。なんとなく、奈良の元カノ話を聞いてから距離が出来てしまった気がして、少し接しづらい。きっと彼女も、それを察してる。だからこその、距離感。

「さァーて!二件目行くぞー!」
「うわぁ…ナルト手ぇ離して連行しないで」
「…アレ?他の皆は?」
「帰ったって…。残ってるの、サクラとはたけさんだけ」
「っしゃーねェなぁ!4人で二件目行くか!」
「えぇ……?」

ノリノリなナルトを背に、3人で顔を見合わせる。なかなかカオスなメンバーじゃないですか…?と思いながらはたけさんを見ると、見るからに面白がっている。

……深夜0時過ぎ、今日の夜は長くなりそうだ。