キッカケは、些細なことだった。

告白された相手が、友達の好きな人。

悪気なんてこれっぽっちも無かったし、わたしからすれば青天の霹靂だった。
告白されたからといって、その人と付き合う気も無かったし、もちろん、その人を意識することも無かった。


「いつの間に仲良くなったの?」
「友達の好きな人だって知ってたくせに」
「最低」

きっと、選ぶ友達を間違えたんだと思う。
そう思わなきゃ、やってられないくらいの理不尽だった。


大学という、そこまで広くないコミニティの中で完全に孤立したわたしの学生生活は、2年目に入っても変わらない。



一人も陰口も、慣れてしまえば心は麻痺する。

だから、もうどうでもいいと思っていた。








「わ、ごめんっ、大丈夫?」
『あ、いえ、』

大学で、お昼を取る為食堂に向かっていると、
角から出てきた知らない男子生徒とぶつかった。

勢い余って尻もちを付いたわたしに手を貸してくれたその人は、
心配そうにジッとこちらを見つめている。

『わたしこそ、ちゃんと前見てなくて、ごめんなさい』
「ううん、俺が突進しちゃったから。大丈夫?怪我してない?」
『はい、それよりこれ、』

ぶつかった拍子に、彼が落としたスケッチブックを手に取る。


衝撃で開いてしまったページには、
とても綺麗なひまわりの絵が書かれていて。
思わず、視線を落としたまま、"すごい……"と呟いてしまった。







「ふふ、ありがとう」
『あ、』
「俺の趣味。褒めてくれてありがと」


ひまわりみたい。

目の前で、ニコニコ笑ってこちらを見つめる彼の笑顔が、とても眩しかったからだと思う。


視線が交わって数秒。
何も言えずに固まるわたしが次の言葉を探していると、かいとー!という言葉と共に、彼の後ろからよく見知った顔が現れる。


「え、」
『……』

ひまわりのような男の子は、
わたしの大嫌いな女の子の友達だったようだ。









「海人、この子と知り合いなの」
「ううん、ぶつかっちゃっただけ」
「そっか、ならいいけど」
「………どういう意味?」

黙り込むわたしに一瞬だけ視線を向けたその子が、"海人くん"に近付く。

「別に。なんでもないよ」

多分、海人くんは納得していなかったけど、
そのまま腕を引かれて渋々その子について行った。



残されたのは、まるで太陽みたいなふわふわした良い香りと、脳裏に焼き付くひまわりの絵。

もうきっと、二度と彼に会うことはないけど、なんとなく、あのひまわりの絵だけは、忘れられないような気がした。











あの時ぶつかった海人くんは、どうやら関わってはいけない人物だったらしい。


「ほんとよくやるよね。海人にまでちょっかい出してなんのつもり?」
『…………』
「どうせ自分からぶつかったんでしょ。そんな事までして気引きたい?」

ぶつかったのは偶然だし、そもそも海人くんなんて存在すら知らなかった。

なのにまたこれ。
勝手に決め付けて、話も聞かずに責められる。

『用件はそれだけ?』
「は、?」
『言いたいことが終わったなら、もう行くから』

否定も応戦も、無駄に時間を労するだけだ。

今さら、この子にどう思われたって構わない。








『じゃあ、』

これでサヨウナラ。

何も言わない彼女に、
一言呟いてその場を後にしようとした時だった。


「待って」
『…………、?!』

振り向いた瞬間、まだ飲み物が入ったままのプラスチック容器を振り上げる姿に、言葉を失った。


嘘でしょ。
そこまでする?

思うと同時に、ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えると、その瞬間「え、」という声と同時に、瞼の裏が暗くなる。








「………うえぇ、つめた、」
『え……』
「だいじょうぶ?」

ポタポタと、髪の先から雫を落とす彼と目が合う。

太陽を背に、わたしのことを覆い隠したその人は、相変わらず、へにゃりと優しく笑っていた。


「あっま、コーヒーかな、」
『色的には、多分、カフェオレかと……』
「あ、そっか!確かに!甘いもんね!」

口元まで垂れた雫をペロリとひと舐めし、こちらを振り向くかいとくん。


周囲に漂う甘い匂いと、その柔らかい笑顔のせいか。
なんだか、こんな状況にも関わらず、無性にホッとしてしまった。






『あの、』
「ちょっと海人!なにしてんの、?!」
「なにって、何が」
「っ、」

ふわんとマイペースな口調で話す彼から出ている声だとは思えなかった。