一途の花
write : 2016.08.24
夏と愛と向日葵と、彼と彼女について
昔から、夏の終わりが嫌いで仕方がなかった。茹だるような暑さが段々と息を潜めていく中で、一面に広がるそれは、いつだってわたしに途方もない虚無感を植え付けていく。暑いのは嫌いだけれど、それでもわたしは、いつまでも夏が続いてくれることを祈っていた。なんて、くだらない。
「私、花なら向日葵が1番好きなの」
「……へえ、そうなんだ」
カウンターの中で提供用のグラスを磨きながらわたしが言えば、数歩離れた隣で茶葉の計り分けをしていた彼は特に反応を示すこともなく気のない返事をした。わたしたちが並んでいるカウンターからは、庭一面に広がる向日葵畑がよく見える。有名でも特別時給が良い訳でもないこのカフェをバイト先に選んだのは、その向日葵畑だけが理由だった。
今日は天気がいい。日差しがとても強くて、わたしなら十分でも外に出ていれば参ってしまいそうだ。これだけ暑いのだから外出した人が涼を求めて来店しそうなものなのに、今日もこの店は空席ばかりである。
丁度今磨いていたグラスが最後で、それを棚に戻すとわたしはふらふらとカウンターから出て行く。すぐ傍のガラス張りのドアを開ければ、生温い風がむわりと顔に纏わりついた。
目の前に広がる向日葵畑は、ありきたりではあるけれど、黄金の海だ、と想う。高く高く背を伸ばして、彼らは皆一様に上を向く。その名の通り、日に向かい、まるで太陽を拝むかのように。
「ねえ、暑いんだけど」
「男のくせに貧弱なヤツめ」
後ろのカウンターから飛ばされた苦情に、首だけで振り向いて返す。わたしの嫌味にも彼は特に反応を示さないが、それでも彼はわたしを――いや、その後ろの向日葵かもしれない。それから目を逸らすことはしなかった。
わたしが此処で働き始めてもう半年にはなるけれど、わたしがスタッフ入りした時にはもう彼はいた。いつから働いているのかは知らないけれど、わたしと同じくアルバイトで、そしてわたしがシフトに入っているときはいつも彼もいる。
金髪が印象的な人だった。染めているようには見えないくらいに艶があって、そして金というには何処か違う、濃ゆい黄色だと思わされるそれは美しい色彩をしている。目付きは悪くて、愛想は良くない。けれどわたしは、なんとなく影の匂いを持っている彼が嫌いではなかった。
「あのさ」
「ん、なに」
「向日葵……どうして、好きなの」
外ではうるさく蝉が叫んでいる。それに掻き消されそうだと錯覚しそうな静かな声は、半年の間傍で聴き続けていたからか少しも霞むことなく耳に届いた。
「向日葵って、綺麗だよね」
「綺麗な花なんて他にいっぱいあるけど」
「そりゃあね。でも。向日葵ってなんか、一途だなあって。だから好き」
わたしの答えに、彼はいまいち要領を得ないというように眉を寄せる。けれど、わたしの中にあるそれを言葉にするのはどうにも難しく思えて、ましては他人に理解出来るように話すなど尚更のことだった。
納得のいく理由を求めているのかわたしを見つめてくる彼から、目を逸らして向日葵畑で視界を満たす。誰もがそれしか知らぬと言わんばかりにただひたすらに太陽を仰ぐ、金色の世界。わたしのあこがれ。
「向日葵は、太陽を愛してる。太陽も向日葵を愛してる。でも太陽が彼等を愛してくれるのは、たったひとときの夏だけなんだ。それでも向日葵は次もその次も、また次の夏も変わらず綺麗に咲くの。太陽が愛してくれる、その間だけ」
視界を満たすこの向日葵畑も、一ヶ月も後には黄金の海から愛を亡くした死の海へと姿を変えるだろう。瑞々しく咲き誇った花弁は茶黒く枯れ、太陽だけを見詰めていた頭は死人のように力なく下を向く。そうなる前に、わたしはこの店を辞めると決めている。
「……前から思ってたけど、お前ってヘンなヒトだよね」
「まあ、自覚はしてる」
「向日葵のことをそんな風に言うヒトなんて初めて見た」
「探せば何処かにはいるんじゃない」
「そうかもね。俺はもうお前だけでお腹いっぱいだけど」
「男のくせに小食なヤツだ」
だいぶ失礼なことを言われている。それでも不快だと思わないのは彼が、何か良い感情を持っているとわかったからだった。そして彼は手を洗ってカウンターを出ると、サロンで手を拭いながらわたしの隣に並ぶ。
ふと振り返ってみれば、半年も共に働いていたというのに、そういえばわたしは彼が日に当たっている姿を見たことがないことに思い至る。そんな彼が、わたしの隣で、開かれたドアから注がれる日の光を浴びている。金色の髪が反射してきらきらと輝いて、初めて見る穏やかな表情で太陽を仰ぐ彼に、わたしはなんとなく既視感を覚えた気がした。
「やっと、夏が来たなあ……」
やわらかな色をしたその声に、思わず二度見する。ずっと聞いてきた淡々とした声に慣れているわたしからすれば、君はそんな声が出せたのか、と突っ込みたくなる。しかしそれよりも、わたしは言ってやらねばならないことがあった。
「……夏はもう1ヶ月以上前から始まってますよ。大丈夫?病院行く?」
「お前のそういう読めるのに空気読まないところ嫌い」
いつまでも夏が続いてくれることを祈っていた。なんて、そんなくだらない御話
企画 / vivi様提出