Gimme a smile!

「はあああああ、おいしい………!」

生クリームのたっぷりと乗ったショートケーキを口に運ぶと、口一杯にふわふわのスポンジと生クリームの上品な甘さとイチゴの甘酸っぱい酸味が広がってなんともいえない絶妙なハーモニーを奏で、口許がだらしなく緩んだ。
幸福に味をつけるならきっとこんな感じになるんだろう。いや言い過ぎかも知れないけど、少なくとも私は今それぐらいの幸せを味わっている。
正面に座る独歩は、ティラミスをスプーンで一口掬ってもぐもぐと咀嚼し、顔色も変えずに「うん、うまい」とだけ言った。

「た、淡白…」
「いいだろ別に…旨いとは思ってるんだし」
「いや、いいけどさぁ…いいけど、なんかこう、もっとこう……あるじゃん、ほら!」
「お前な、よく考えてみろ。俺みたいなオッサンがスイーツ食って顔輝かせてたら気持ち悪いだろ」
「そんなことないでしょ、美味しいもの食べてしあわせだなって顔になるのは全人類共通項だし」

そう言いつつ、独歩がスイーツをたべて幸せそうに顔を綻ばせるところを想像してみる。

「…うん、気持ち悪くはなかった。なんかちょっと面白かったけど」
「それは褒めてないよな…?」
「普段のイメージとは違うなって意味であって、ディスってるんじゃないよ」

本心のままに口にすると、独歩はなんだそれ、と言って少しだけ疲労の色の残る顔に小さな笑みを浮かべた。それを見て、幸せだな、と思う。
スイーツは美味しいし、向かいの席には大好きな恋人が座っているし、ゆっくりとお喋りをするのは楽しいし、これ以上の幸せなんてそうそう無いんじゃないだろうか。
そう思う一方で、ふと、楽しいのは私だけだったりしないだろうかという不安が頭をもたげた。
生クリームやフルーツで華やかにデコレーションされた甘くて可愛らしいケーキは確かに私好みではあるけれど、独歩の方はどうだろう。
元々そんなに甘いものを好んで食べている印象はなく、事実、様々な種類のケーキの盛られた私のお皿と比べると、独歩のお皿に乗っているのはシンプルなガトーショコラだとかティラミスだとかそういったものばかりで、それもほんの少しだけだ。
せっかくの独歩の誕生日祝いデートだというのに、浮かれて喜んでるのは私だけで、独歩は渋々付き合っているだけだったらどうしよう。
一度脳裏に浮かんだ不安はじわじわと心を侵食していく。ツン、とフルーツタルトをつついて崩し、小さな欠片を飲み込んだ。
あんなに美味しかったはずなのに、今は味がしない。

「…どうした?」

私の様子に気付いた独歩が首を傾げて問いかけた。いけない、気を遣わせてしまう。私は努めて明るい声を出した。

「んー?別に何でもないよ」
「いや、なんか考えてただろ、突然静かになったから」
「そんな私がいつも騒がしいみたいな」
「あながち間違ってはないよな」
「ううっ…悔しいけど言い返せない…!」
「…で、なに考えてたんだ?」

再度問われ、私は観念して口を開く。

「あのさあ、独歩はほんとに今日ここで良かったの?」
「なんだ突然。お前、ここ来たがってただろ……来たがってた、よな…?そんな話した記憶が……ある、けど、…もしかして、俺はまた間違えたのか……?もしくは疲れた俺の勝手な妄想……??」
「いやいやいや、来たかったしそんな話もしたよ!大丈夫間違ってない!」
「だ、だよな…良かった…!」

青くなってネガティブスイッチの入りかけた独歩を慌ててこちらへ呼び戻す。へらり、安心したように独歩が表情を緩めた。
言葉が足りずにいらない不安を抱かせかけたことを反省して、今度はしっかりと伝えようと頭の中で考えながら慎重に言葉を紡ぐ。

「いやほら、独歩はこういうとこ、あんまり趣味じゃないでしょ?私は好きだけど。せっかくの誕生日なのに私に合わせてスイーツビュッフェにして、良かったのかなーって。もっとこう、お洒落なレストランとかそういう、誕生日にふさわしいところもあるわけじゃん?」

そう言い切って独歩を見ると、彼はむっと眉を顰めるとちょいちょいと指を曲げて私を呼んだ。
それに従って独歩の方へ顔を寄せる。
すると、べし、と額にチョップを入れられ、痛みはないけれど軽い衝撃が走った。

「馬鹿」
「なっ、馬鹿ってなに」
「お前な…今日ここにしようって言ったの、俺からだろ。確かに切っ掛けは、お前が行きたいって言ってたからだけど。俺がお前と来たくて、ここにしたんだから、そんな気にしなくていいんだよ」
「でも、なんか私ばっか食べて楽しんでる気がするし…独歩全然食べてないし」
「それはまあ、年齢的に生クリーム大量に摂るのはちょっと厳しいものが…。…とにかく、俺は俺で楽しんでるから」
「楽しんでる?」
「ああ。お前、食べるとき本当に幸せそうな顔するから…それを見てると俺も幸せになるんだ」

そういった独歩の顔は、その言葉を裏付けるかのように穏やかだった。
私が独歩と一緒にいて幸せを感じるように、独歩も私と一緒にいて幸せを感じていてくれることが嬉しくて、胸の中が暖かな感情でいっぱいになって、じわりと涙が浮かんでくる。
少しだけ濡れてしまった眦を、気づかれないように指でそっと拭って、私は目の前のお皿に手を付けた。

「よーし、じゃあ今日は独歩にいっぱい幸せをあげるからね!食べるぞー!!」
「っていってもあんまり食べ過ぎると肥えるからな」
「知らないの?ケーキのスポンジは潰すと小さくなるから実質カロリーゼロなんだよ」
「なんだその謎理論」

ありえないだろ、と独歩が笑う。私もつられて笑いながら、また一口、ケーキを口に運んだ。ああ、幸せの味がする。

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