バウムクーヘンエンドの一郎

「大きくなったら一郎くんのお嫁さんになってあげる!」なんて、ガキの頃の戯言を本気で信じていたわけじゃない。
それでも、それこそ年がら年中一緒にいて、お前のことを世界で一番理解しているのは俺に違いないという確信があったし、だからこそこれからもこれまでもずっと一緒にいるんだろうな、と何となくそう思っていたのだ。まあ何の根拠もなかったんだが。

なんてことない日常の一コマでふいに、彼氏ができたんだ。と報告をされたときも。嬉しそうに笑いながら、結婚することになった、と伝えられた時も。答えた俺は上手に笑えていた、と思う。良かったな、おめでとう、と祝福する声も震えていなかったはずだ。お前の前ではいつだって、頼りになる山田一郎のままでいられたと、そう自負している。ただまあ、その晩に部屋で一人、後悔だとか嫉妬だとかそういった感情でぐちゃぐちゃになってしまったことだけは許してほしい。

結婚式の当日、ウエディングドレスを着たお前はそれはもう言葉では言い表せないほどに綺麗だった。今まで推してきた二次元の嫁の誰よりも、輝いて見えた。こんなこと言ったら、二次元と比べないでよ!とお前には怒られてしまうかもしれない。
さも当然のように頼まれたスピーチで、お前との思い出を散々語った。お前はその一つ一つを懐かしそうに聞いていて、その目尻には少し涙が光っているようだった。

「こいつとはガキの頃からずっと一緒にいたせいか、俺にとっちゃもう家族の一員みたいなもんで…だから、結婚すると聞いたとき正直複雑な気持ちもあったりしたんですが…。ただ、今日、こいつの笑顔を見て、そんな気持ちも吹き飛びました。こいつを、幸せにしてやってください。よろしくお願いします!」
深々と頭を下げると、拍手が起きた。ひと際大きい拍手はもちろん、お前からだった。

お前のことを大切に思っている。だからいつでも笑っていてくれ。幸せになってくれ。全て心からそう願って吐き出した言葉だ。
俺の隣で、と付け加えなかったのがただ一つの嘘だ。誰にも気づかれてなければいい、特にお前には一生気付いてもらいたくはない。
ただ、今日お前の隣に居たあの男にだけは気づいてもらいたいのかもしれない。

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