一郎に受難を与えたいスタイル

がつ。がつ。がつ。人が人を殴る音がする。遅れて、悲鳴と呻き声。
許してくれ、助けてくれ、と誰かが誰かに懇願している。返事はない。ただ、再び鈍い打音が聞こえて、周囲が静かになった。
薄暗い部屋に荒い息遣いだけが響いている。けれどそれは一瞬のことで、すぐさまこちらに駆け寄る足音と気配がして、「大丈夫か!?」と体を揺さぶられた。
私の名前を呼ぶ、聞きなれた声に誘われて私はゆっくりと目を開く。赤と碧の虹彩が、大きく見開かれて、すぐに今にも泣きそうなほどに歪んだ。
引き裂かれた私の衣服の代わりなのか、彼のブルゾンがかけられる。素肌が外気に触れて、少し寒いと思っていたのでありがたい。

「クソ、俺のせいでお前がこんな、」
「――ぁ、…げほっ」
「! 今は無理に喋らなくていい」

声は形にならないまま、口から零れたのは汚い咳。慌てた彼が、もう一度試そうとした私を制した。
殴られてしまったお腹はひどく痛むし、切れてしまった口の端は何か喋ろうとするたびにぴりぴりとその存在を主張するし、先ほどまで散々叫んだせいで嗄れてしまった喉はひゅうひゅうと空気を漏らすだけで、うまく言葉を発することもできない。
本当は、彼に助けてくれて有難うと、言いたかったのに。そうしたら彼の苦しみを、少しは取り除くことができたかもしれないのに。そんな簡単なことが出来ない自分がもどかしい。
私を助け起こした彼の拳の皮が裂けて、じわりと血が滲んでいるのが目に入った。
私なんかのために彼に傷を負わせてしまって、彼の弟たちはきっと私のことを怒るだろうな。もしかしたら嫌われてしまうかも。せっかく仲良くなれたのに、それは嫌だな。
ぐったりと力の入らない体を抱えあげられる。自分でもそんなに軽くはないだろうと思うけれど、彼は何の苦もないみたいで。すごい、男の子なんだなあ、なんてこんなときなのに何だか感心してしまった。

「大丈夫、大丈夫だ」

私に言い聞かせるというよりは、自分に言い聞かせるように、彼はそう繰り返す。
そうだね、だいじょうぶ。だから、そんな悲しそうなかおをしないで。
ちゃんと伝えられただろうか。うまく言葉にできただろうか。わからないまま、急速に意識が薄れていく。
目が覚めたとき、彼はそばにいてくれるだろうか。今度は、笑った顔が見たいと、そう願った。

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