番外1 お汁粉

年末年始に両親の元へ顔を出していた私は、帰りに持たされた大量の餅を手に山田家へ出向いていた。私の親はやたら食料を渡したがる節がある、有難いから良いけど。

「あけましておめでとー、今年もよろしく。お餅あげる」
「唐突だな。あけましておめでとう。今三人でゲームしてんだよ、良かったら一緒にどうだ?」
「えっやるやる、お邪魔しまーす」
お言葉に甘えて山田家に上がり込む。暖房の効いた室内で、なにかのボードゲームを囲んでいた二郎くんと三郎くんにも新年の挨拶をして、いそいそと末席に加えさせてもらった。みたこともないゲームだったので、持ち主だという三郎くんにレクチャーを受けつつ、まずは三人がプレイする様子を見守ることにする。

「と、まあ、こういう風にプレイするんです。分かりましたか?」
「うーん、少し難しそうだけど大丈夫かな」
「低能の二郎ですら出来るゲームですから、名前さんなら大丈夫ですよ!」
「三郎…てめぇどうしても俺に喧嘩売らなきゃ気がすまねぇみてぇだなァ…!」
「悔しいならこのゲームで僕に一度でも勝ってみなよォ、まあお前には一生かかったって無理だろうけどさぁ」
「おう上等だコラやってやんよ、その台詞ぜってぇ後悔させてやるぜ」
「その自信はいったいどこから来るのか理解に苦しむね。さっきまで僕に負けてたのはどこの誰だったか、もう忘れたのか?…ああ、それとも低能だからそんなことも覚えられないのか」
「ぶっ潰す…!」
「やれるもんならやってみろ…!」

相変わらずこの兄弟の舌戦はすごい。私はハラハラしてしまうのだけど、一郎は二人ともやる気満々だな!なんて言って笑っているからこちらもこちらですごい。

「…あれ、ほっといて平気?」
「ああ、あれぐらいならじゃれてる内だろ。心配しなくても本気でマズくなったらきちんと止めるって」

こっそりと一郎に問いかけると、大らかな笑顔でそう返された。一郎が言うのならそうなんだろうけど、どこまでがじゃれている範囲でどこからがガチ喧嘩なのか私にはまだまだ判断が難しい。

「さ、早く始めましょう!」
「ほら、兄ちゃんたちも準備して」
「うっし、じゃあカード配るぞ」
「えーっと、お手柔らかに宜しくね?」

早く早くと急かされて、配られたカードを手に取った。何となくだけれど、手札は悪くない気がする。さて、ここからどこまでやれるか、出来れば最下位だけは避けたいなあと思っているのだけれど、難しいかなぁ。


結果から言うと、普通に負けまくった。あまりにも私が負け続けるのを不憫に思ったのか、最終的に一郎とタッグを組むことになったのでそれからはそこそこいい感じの勝負になったのではと思う。分かってはいたがやはりこの兄弟、ゲームにめちゃくちゃ強い。わいわい騒いで、ふと時計を見れば時刻は三時を回っていた。ちょっと小腹が空いてきたぞ。

「そうだ、お汁粉食べたくない?」
「お汁粉ですか?…確かに、少しお腹が減りましたね」
「俺食べたい!」
「いいな、それ。材料はあるのか?」
「元々作ろうと思ってたんだ。家にあるから持ってくるよ」

私が持ってきたのでお餅はあるし、家には茹で小豆もきちんと準備してある。

「何か手伝うぜ」
「ううん、こっちは大丈夫。代わりにお餅用意しててくれる?」
「おー、了解。何個食うんだ?」
「私は1個で充分」

そう言い残して私は家に材料を取りに行った。目当てのものを手に取ると、すぐに山田家に戻る。キッチンでは一郎がフライパンで餅を焼き、二郎くんと三郎くんがオーブントースターでこちらもまた餅を焼く準備をしていた。フライパンだけでは一度に焼ける量に限りがあるとはいえ、まさかの二台併用スタイル。

「えっ、めちゃくちゃ焼いてる。食べきれる?」
「これぐらい余裕だろ」
「マジか…男の子すごいね」
「そうか?」

驚く私を見て一郎が首を傾げた。元々お裾分けするつもりで小豆も多目に見繕ってはいたけれど、これ、量足りるだろうか。心配になって聞いてみると、足りなければ足りないで普通に餅としていたたべるから平気だと返された。それならいいけど、と私は調理を開始する。
調理といっても、小豆はすでに一度茹でられているものなので、私が今からすることといえば、これを鍋にいれて水や砂糖と一緒に煮ることぐらいだ。片手鍋に小豆を入れ、同じぐらいの量の水と少しの砂糖を加え、焦がさないようにヘラでゆっくり混ぜながら煮詰めていく。一応砂糖は控えめで、足りなそうなら後から追加していくつもりだ。
鍋からは甘い匂い、そして隣では餅がぱちぱちと音を立てて焼けていく。うーん、冬の醍醐味という感じがする。ある程度煮詰めたら塩をひとつまみ程度加えて、また少し煮る。完成までもうちょっと。

「二郎くん、食器の用意もらっていいかな?」
「うっす!おい三郎、焦がすんじゃねぇぞ」
「お前じゃないんだからそんなヘマするわけないだろ。いいからさっさと準備しろよ」
「チッ、マジでてめぇは口が減らねぇな」
「あ、二郎くん小さいのでいいからお皿一枚ちょうだい」
「これで良いっスか?」
「うん、ありがとう」

三郎くんと言い合いながら、二郎くんが食器を出していく。ついでに味見用のお皿を出してもらった。
鍋の中身を少しだけ掬って、お皿によそう。ふうふうと吹いて冷まし、口をつけた。ほんのりとした甘味がなかなか良いのでは?なんて自画自賛しつつ、新たに掬ったそれを一郎に渡す。

「はい、味見」
「…ん、美味いぜ」

OKのハンドサインと共に満面の笑みで合格点をもらった。

「よし、じゃあ私は完成。お餅は焼けた?」
「こっちは出来ました。いち兄はどうですか?」
「こっちも完璧だぜ」
「それじゃあみんな自分が食べる分のお餅いれてー」

それぞれ自分の器にお餅を入れて、差し出されたそれにお汁粉を注いでいく。全員分を作ったら、すぐさまテーブルへと移動した。

「「「「いただきます!」」」」

焼けたお餅のカリカリがまだ残っているうちに、まずは一口。
お餅の香ばしさが口いっぱいに広がる。それをじっくり堪能してから、お汁粉を啜るとやわらかな甘さと暖かさが口と胃をじんりと包み込んだ。はあ、と誰からともなく息を漏らす声がした。わかる、まさに一息つくといった感じだ。
用意しておいた塩昆布をつまむと、塩気が口のなかをさっぱりさせてくれる。そうしてまたおしるこを食べると、より甘味が引き立つ。甘さとしょっぱさの黄金コンボの完成である。これ、いつまででも食べられるやつだ。

「名前さん、これまだ残ってます?」
「あるよー、早い者勝ちでお好きにどうぞ」

人一倍早く食べ終えた二郎くんがおかわりに立った。二郎くん、わりと甘いもの好きだよね。喜んで食べてもらえてるようで嬉しいけど。少しして、三郎くんも「あの、僕も良いですか?」と聞いてきたので「勿論どうぞ」と頷いた。うーん、いい食べっぷりだ。私はもう無理なので、食後のお茶を飲みながらまったりとした時間を過ごす。
点けたテレビからは、正月特番で今流行りの芸人がなにやらクイズをしているバラエティが映っていた。それをぼんやり眺めていると、ふいに一郎が私に尋ねてきた。

「ところで、名前は晩飯どうすんだ?」
「まだ何も考えてない、けど、作るの面倒だし出来合いかなーって」
「良かったら食ってけよ。っつっても俺らも出前かなんかだけどよ」
「いいの?」
「勿論です!まだまだ遊び足りないですし」
「ボートゲームもいいけど、次はテレビゲームもやろうよ兄ちゃん。この前買ったやつ、パーティーモードあるやつだしさ」
「良いな!三郎も、それでいいか?」
「いち兄と名前さんが良いのなら、反対する理由はありません」
「それなら、お言葉に甘えようかな」

家で一人で過ごすか、ここでみんなで遊ぶか、どちらがいいかなんて比べるまでもない。
私の返事を受けて、二郎くんがいそいそとテレビゲームの用意を始める。渡されたコントローラーを握って、テレビ画面に目を向けた。1日はまだまだ十分残っている。今日は長くて賑やかな夜になりそうだった。

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