エプロンを買う話

二郎くんと三郎くんのために、エプロンを新調しよう。
思い立った私は、大学帰りにキッチン用品なんかをメインに扱う雑貨屋へ立ち寄った。
すると折良くセール中のようで、店の前には20%OFF!のポップとともに商品を載せたいくつかのワゴンが置いてある。その中にはエプロンのかかったラックもあり、私はいそいそとそちらへ向かった。
セール品なのであまり種類は多くないが、それでもパッと見ただけでも丁度良いものがありそうだ。
自分の趣味に走るなら確実に可愛さ重視で選ぶのだが、今回着るのは男の子。なるべく装飾も少なめのものが良いだろう。
そう考えて、候補を決めていく。
白地に爽やかな青のマリンボーダー、シンプルなデニム地、黒と白のストライプ、無地のモスグリーン。
男性向けらしいものをいくつか選びだして、一枚一枚脳内で二人に着せてみた。
…困った、どれも大体似あう。
そもそもシンプルだから似合わない方が珍しいかもしれないが、それにしても良く似合う。このままエプロン販売のモデルでもできるのでは?というレベルだ。なんとなく気になって、ギャルソン風も着せてみたがやはり劇的に似合っていた。まあ、こちらは上半身が心もとないので実用性も考えるとフルエプロン一択だが。
しかしこれはどうしよう、うんうん唸って考えて、結局私は二人のことを一番良く知っている人間に助言を乞うことにした。すなわち、一郎である。
アプリにメッセージとともにエプロンの画像を添付して送る。ちょうどスマホを見ていたのか、返事は直ぐに返ってきた。

『別にどれでもいいんじゃね?』

相談しがいの無い返事にむっと眉間に皺が寄るのが分かった。すぐさま返信を打ち込んでいく。

『どうせなら気に入るものを買ってあげたいな〜って思うじゃない?』
『貰ったもんに文句つけるような弟じゃねーよ』
『それはわかってるけど』
『つーか今どこだ?』

目印になりそうな建物とお店の大体の位置を書いて送ると、親指を立てたキャラクターのスタンプが返ってきた。

『近くにいるわ。そっち行く』

その返信に驚いたが、来てくれるのなら有難い。私は一郎が来るまでエプロンの物色に戻ることにした。


ほどなくして、「よっ!」と手を上げて一郎がやってきた。本当に近くにいたんだろう。

「お疲れー、今日は仕事は?」
「休憩っつーか、今は空き時間だな。夕方からもう一件入ってる」
「おお、それは本当にお疲れ…」

とりあえず、鞄に入っていた飴玉を食べる?と渡す。サンキュ、と受け取った一郎は包みを開けてそれを口に入れながら、店頭に並ぶエプロンを眺めた。

「そもそもエプロンっているか?」
「いやいるでしょ。油汚れの落としにくさを舐めたらいけない…お気に入り服が一瞬でダメになるとほんと泣きそうになるよ…」
「やけに具体的だな、実体験かよ」
「そこは想像にお任せしまーす」

とはいったものの一郎の想像通り実体験である。ほんと油汚れってすぐ処理しないと全然落ちないものだ。私のような悲しい思いを、二郎くんにも三郎くんにもさせるべきではない。
私の想いのこもったプレゼンに押され、最初はあまり乗り気ではなさそうだった一郎もついに折れた。

「はぁ、分かった分かった!あいつらの好きそうなのを選べばいいんだな」
「わあいよろしく!」

一郎の協力が得られるならこれはもう怖いものなしだ。お手伝いをしっかりやってくれる二人に、ささやかながらも良いお礼ができるに違いない。
そう確信した私の予想は、早々に裏切られることになる。

「これ良いんじゃねーか?」
「いやいやいやちょっと待ってそれネタだよね!?ネタで言ってるんだよね!?」
「いや絶対俺はこれを推す。じゃあこっちは俺が買うから、お前の買った方と、二人に選んでもらおうぜ」
「絶対面白がってるでしょそれ…。ってもうレジ行ってるし!」

いいからいいから、と一郎は自分が選んだ一着をもって颯爽とレジへ向かっていく。私は、自分が選んだ一着を持つとその背を慌てて追ったのだった。


今日の料理を始める前に、二人に雑貨屋の袋を見せる。

「新しいエプロン買ってきたから、今日からはこっちを使って?」

そういうと、二人は顔を見合わせてから、「ありがとうございます」と揃ってお礼を言ってきた。
やはり私のお下がりは恥ずかしかったのだろう、なんとなく嬉しそうに見える二人には悪いが、その袋の中身は片方はネタ枠だ。
内心そんなことを考えつつ、二人に袋を渡した。がさがさと音を立てて中身が取り出され、そして二人は絶句する。

「片方は私からで、もう片方は一郎からだから。言っとくけど、私が選んだのは普通な方だから」

何か言われる前に、先に弁解をしておく。私が選んだのは、赤と白のストライプのフルエプロンだ。腰のあたりに大きなポケットがついていてちょっとした小物も入れられる、シンプルかつ実用性もあるものを選べたと思う。
そして、一郎が選んだのは、赤チェック地に大きく猫のイラストがプリントされているものだった。紐を手前にまわして結ぶタイプで、身に着けると前面に大きくリボン結びができるようになっている。フリルやレースはついていないのでギリギリ男女兼用と言えなくもないが明らかに女性用向けで、少なくとも、彼らが今つけているものよりも可愛いことは確かだった。

「これ、は…」
「えっと、好きなのを選べってこと…で合ってる…?」
「合ってるよ。どっちにするかは二人で決めてね」

いくら一郎が選んだとはいえ、これを着るのはかなり勇気がいりそうだ。
無難を選ぶのか、それとも一郎チョイスという付加価値を選ぶのか。
一郎への憧れと、プライドの狭間で二人がぐらぐらと揺れているのが、傍からでも目に見えてわかった。

「三郎、テメーどうすんだ」
「そういう二郎こそどっちにするか決めたのか」
「俺は、いやさすがにこれは…でも兄ちゃんが選んだ奴だし…」
「いち兄が選んでくれたとはいえ…これを着ているところを間違って他の誰かに見られたりでもすれば…」

お互いがお互いの出方を伺い、じりじりと時間が過ぎていく。このままではおそらく埒が明かない。私は大きく息をつくと、キッチンの外へ声を投げた。

「一郎!もう十分でしょ!」
「ハハハッ、お前ら悩みすぎだろ…!」
「兄ちゃん…!?」
「えっ、いち兄、いつから居たんですか…!?」

二人に気づかれないように、扉の外で待っていた一郎が中に入ってくる。突然の登場に、二人は心底驚いていた。まあそれは当然で、一郎は夕方から仕事があるはずで、この家にいるわけのない人物だ。
エプロン購入後、これを見せた時の二人の反応が見たいというただそれだけのために一郎は私と一緒に一度家へ帰ってきたのである。

「悪ぃ悪ぃ、そっちは冗談で、ほんとに買ってきたのはこっちだ」

ほら、と一郎が新しい袋を二人に渡す。それを受け取った二人は恐る恐るといった様子で中身を確認して、そしてすぐにその表情が綻んだ。
一郎の持っていた袋に入っていたのは青と白、黄色と白のストライプのエプロン。先ほど見せた、赤と白のものと色違いのものだ。

「もちろん、青が二郎くんで黄色が三郎くんのね」
「手伝いを頑張ってるお前らに、俺たちからのご褒美だな!」
「あ、有難う兄ちゃん…!」
「本当に嬉しいです…!あなたも、ありがとうございます!」

バッと勢いよく二人が頭を下げた。本当に嬉しそうな様子に、こちらもつられて笑顔になる。
あの時、店内のレジに向かう途中で私が持っていた赤のストライプとお揃いの青と黄色を見つけた私と一郎は、兄弟3人でお揃いにすることを思いついたのだった。
そして2人の分を私たちで割り勘にし、一郎の分は私が、私の分は一郎が新たにお金を出し合って新調することにした。
いそいそと、二人ががエプロンを着ける。本当に、とてもよく似合っている。こんなに喜んでもらえるなら、買ってきてよかった。
一郎と顔を見合わせ、私たちは小さくガッツポーズをした。

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