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拍手お礼「キセノンに指輪はいらない」(波動)

「遊園地に行きたい。ねえ、来週の土曜日は空いている? 遊園地に行きましょう。私いま決めちゃった。来週がダメなら再来週でもいいし。あっでも週末を待たなくてもすぐ行けちゃうよね。だって毎日が日曜日みたいなものなんだから」
 ぷわあわあ! 俺の耳元でけたたましい音の駒吠を吹き鳴らしたねじれは大きな目を三日月型に歪めてにこりと笑って、それからお得意のマシンガントークでまくしたて始めた。
「遊園地ねえ。別に良いけど。俺は三半規管がイカレてるから、ジェットコースターに乗りゃゲロを吐くし、メリーゴーランドから降りたら脚が産まれたての子鹿になると思う」
「なぁにそれ、最低。あ、名案があるの! 乗り物に乗ってる間、私があなたの口元をしっかり押さえてるってどうかな」
「ハイ、廃案」
 ちぇ。桃色の唇を尖らせてねじれは不満そうな表情を浮かべた。以前、車の助手席に俺を乗せた時のことを覚えていないのだろうか。ねじれの運転技術こそ最悪だった。地獄の船頭でもあそこまで非道な舵取りはしないだろう。そういや道の駅のトイレで胃液まで出し尽くした俺を待っていた彼女は今みたいに唇を尖らせて、溶けたソフトクリームの二つ目を舐めていたっけ。ねじれは不満を露わにすることに数秒で飽きたのか、その形のまま口笛を吹きだす。アヴェ・マリアだ。悔しいほどに、その音は澄んでいて、ここらに生き残った人々がいたら涙を流して彼女を天使だと拝み倒していたことだろう。
 ここは現世によく似た死後の世界だ。「ぱんぱかぱーん」と有名な児童書に出てくる天使の真似をしたねじれに叩き起こされて、俺は半分廃壊と化した街をふらふら彷徨っている。ねじれの頭の上には天使の輪はなく、似合いそうな白い羽根も無かった。だから俺たちは幽霊なのだろう。それか、俺の体は瀕死で、死ぬ間際に幸福な夢を見ている。まあ今となってはどちらでもよくて、俺は恋人の最期を見なくて幸せだったと思うことにした。この神様の最高傑作ともいえるほど美しい女が自分の恋人であることを、俺は生前、いや今も信じられていなかった。けれども俺たちは歴とした恋人同士で、俺を見つけ出してくれたねじれは小指に長い糸を巻きつけながら「捕まえた」と言ったのだ。
「ね、私もうあなたを逃さないって決めたの。だから神様にお願いして一番立派な赤い毛糸を譲ってもらったんだよ。これ良いでしょ」
 俺の小指にこれでもかと巻きつけられた真っ赤な糸は確かに上質な素材に見えた。まるで骨折でもしたのかと疑われそうなほど巻きつけられた挙句、彼女の手によってリボン結びがされていた。俺は神様に会ったことは無いけれど、ねじれの結んでくれた赤い糸が繋がっている限りは彼女のために生きるつもりだった。リボン結びはとうの昔にガチガチの固結びに直してある。
「ねじれ、あのさ。これ、実は固結びにしてるんだ」
 俺は指を自分の方に引き寄せて、まるで告白でもするように言った。でも、お前はリボン結びのままにしておいてよ。俺は臆病者だから、ねじれに結んでもらったこの赤い糸が解けることを考えるだけで震えてしまうんだ。それと同じくらい、自分がねじれを縛ってしまうことを恐れている。
 世界の果てで俺のことを見つけ出して抱きしめて、小指に赤い糸を結んでくれたお前に愛されてないとは思わないけれど、愛想を尽かされる未来を想定しておかないとXデーが訪れた時に、一瞬で心臓が止まってしまいそうなんだよ。
「ねえ」照れ臭さから小指を握りしめている俺の背を叩いて、ねじれが俺の顔を覗き込んでいた。白磁の肌の上、恐ろしいほどに整った顔がこちらを見据える。絹糸のような長い髪が1束彼女の類に落ちた。俺に発言権はなかった。
「ねえねえ! どうして得意げな顔してるの? 私なんてあなたを見つけた時からずっとぐるぐる巻きにしてるのに。もう、個性を使って逃げようだなんて考えないでよね。何処までも追いかけて、あなたの首に縄をかけてでも、側にいてもらうって決めたんだから。逃げられるなんて、思わないでね」




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