ーー暑い。
 茹だるような暑さだ。太陽は俺に恨みでもあるのか、皮膚を焦がす勢いで照っている。呼吸が覚束ないほどの熱気、白い砂浜は焼けるように熱を持ち、抜けるような快晴も日射しが邪魔者を追いやったのではないかと思うほどにクリアで、雲ひとつ見えなかった。顎を伝って汗が落ちた。暑い。
 大体如何して俺がビーチの警備を担当する羽目になったのか、それすらも記憶が曖昧だ。大快晴の下で陰気な男が見張りをすることで犯罪を未然に防ごうという作戦だろうか。畑の案山子と同じ扱いのプロヒーローも中々いないだろう。これが1年目の洗礼というやつだろうか。酷い。いやしかし暑い。
 歓声をあげる水着姿の男女が手に持つ色とりどりの浮輪やビーチボールが光を反射して目を細めた。よくもまあ、このクソ暑い中はしゃげるものだと感心してしまう。俺がヴィランだったら混乱を狙うとしてもこの場所には現れないだろう。華やかすぎて浄化されてしまいそうだ。
 ビーチサイドのベンチに腰掛け、砂浜を睨み付けていると、少しだけ日差しが和らいだ。
「へいへいそこのお兄さん、俯いてちゃ市民のピンチに駆けつけられないんじゃないのかね」
 頭上から聞き覚えのある声がした次の瞬間に、首筋に冷たいものが当たって思わず声が出た。
「うわっ」
 驚いて上げた視界に映ったのは、ーーヘソだ。よく引き締まった植物の茎のような健康的なウエスト、その上で柔らかな膨らみを程よいバランスで淡い色の布が隠している。そこからまた女性の華奢な骨格が露わになる。小さな肩の上で風を浴びて踊る色素の薄い髪に、大きな目に緩やかに持ち上げられた口元。人の良さの塊みたいな風貌で立っていたのは、すくいさんだった。
「……は、白昼夢……」
「現実だよ! 熱中症には気を付けて! ほら飲み物飲んで、アイスも食べて!」
 普通に本物だった。すくいさんは目を剥いて俺の口にラムネの瓶を押し込もうとしてくる。ビー玉が詰まって飲みにくい、どうしてこのチョイスなんだと文句のひとつも言いそうになったが、改めて視界に入ったすくいさんの水着が余りに眩しくて野暮な言葉は出てこなかった。すくいさんは晴れやかに微笑む。太陽も彼女の味方についたようで、スポットライトさながらに彼女の髪を光らせている。
「えへ、お手伝いに来ちゃった。ずっと座ってなくてもいいと思うよ、パトロール行こうよ、海の家!」
 渋々とラムネを飲み干した俺の手を取ってこれまた楽しそうに笑うから、あの茹だるような暑さは何処へやら、恐ろしいことにやたらと開放的な気分にすらなっていた。
「ーーすくいさん!」
「わあ!!」
 俺の手を引く小さな手を、逆に引っ張って抱き上げた。彼女だってしっかり鍛えているはずなのに、軽くて驚いてしまう。すくいさんの手が俺の首に絡んだ。
「なあに?」
 瞳を覗き込むすくいさんの表情は蕩けそうに甘い。彼女の前だと素直に言葉が出てくるのだから不思議だ。すくいさんの屈託ない笑顔や茶目た動作が、魔法のように俺の手を引いてくれるのだ。
「来てくれてありがとう」
「どういたしまして。夏だからねえ!」
 夏だから?と俺が聞き返すと、すくいさんは俺に抱き上げられたまま、両手を伸ばして「そう、夏だから、環くんに会いたくなったの」と笑った。あとでアイスでもご馳走してあげよう。夏だから。
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