「監督業についた人ってのは、みんな言葉が足りなくなるもんなんですか」
むっすりとした表情で、部屋に入ってくるなりそんなことを言った依織はジト目で鬼道を見上げた。
当の本人はどこ吹く風で、いつものポーカーフェイスを保って肩を竦める。
「さぁ、何のことかな」
「とぼけないで下さいよ、意地が悪いったらもう」
大きな溜め息を吐いて、彼女は瓶底眼鏡のフレームを押し上げた。
眼鏡と言っても見てくれだけだ。度も入っていない、ただ分厚いだけのガラス板である。
明日、前回と同じ服装でレジスタンス本部に来るように─鬼道からそんなメールが届いたのは、昨日、太陽の見舞いから帰ってすぐのことだった。
「大体、もうシードはこの学園にいないんでしょ?だったら私が変装する理由だって…」
「仮にも生徒だ、一朝一夕で追い出せるわけがないだろう。それに、他校生が一人構内をうろつくのもおかしい話だ」
間髪入れず返され、依織はぐっと押し黙る。
鬼道の言うことはもっともだ。─もっともだが、時々従姉は彼のこの口の上手さに騙されて今まで連れ添ってきたのではないかと疑ってしまう。
「挨拶は済んだか?」
「挨拶じゃないです、苦情です」
円卓につき、からから笑いながら言った響木に依織は顔をしかめた。
だが、毎回顔を突き合わせる度にこんなことをしていれば、からかわれるのも無理はない。
「ところで…フィフスセクターの方はどうなっている?」
「電話で話した通りですよ。データのほとんどは聖帝、もしくは記録者じゃないと閲覧すら難しい状況だそうです」
尋ねてきた鬼道に答えると、彼は渋い顔をして顎に手をやる。
何か解決案を考えるときの癖だった。
「響木さんはもう、立候補者として登録済みだそうです。でも多分、データ管理が厳しくなったのはそれのせいもあるでしょうね」
「内部の者が疑われ始めたか…」
厄介だな、と響木はたっぷりと蓄えた白い髭を震わせて溜め息を吐く。
一瞬降りた沈黙を早々に破ったのは鬼道だった。
「─あいつなら大丈夫です。そう、簡単に捕まるようなやつでもないですから」
「ああ、そうだな。君の信頼があるからこそ、我々は彼女をフィフスセクターに送り込んだのだから」
しっかりと頷き、雷門がサングラスをキラリと光らせる。
「そうですぞ!」それに便乗するように、火来がドンと円卓を叩いた。
「そして一刻も早くフィフスセクターを打ち破り、雷門中学校を取り戻さねば!」
「火来さんが取り戻したいのは校長職でしょ」
ぼそりと言った依織に火来がギクリとして、鬼道が余計なことを言うなとばかりに彼女の頭を小突く。
依織は小突かれた後頭部を擦りながら、ふてぶてしそうに鼻を鳴らした。
「まぁ、私も冬海校長と金山理事長のことはいけ好かないんで。そのへんは概ね賛成です」
「そうだな…私も早く、娘に理事長職を継がせたいものだ」
雷門の溜め息から、話はいつの間にか子供や跡継ぎの話へ移っていく。
ふと、その中に混じる気配もなく、ただ一人落ち着きなく部屋を歩き回っていた久遠に、依織は首を傾げた。
「何、そんなそわそわしてんですか?久遠さん」
「…鷹栖…私は言葉少なな監督だろうか」
だが言葉が足りないのは彼らに自分で道を見つけさせるためであって、決して意地の悪い思いでそう言うことをしているわけではなくて。
─ぶつぶつと呟いている久遠は、どうやら依織が鬼道に言ったことを気にしているらしい。
あなたはもう今更なのでは。
依織はそう突っ込みたくなったが、ちらりと鬼道を横目で見て肩を竦めた。
「さあ?受け取り方は人それぞれですから」
天馬たちがレジスタンスを訪れる、20分ほど前のことである。