ジャージを詰め込んだバックを肩からぶら下げて、依織は鼻唄混じりに夕日に照らされた道を歩いていた。
仏頂面に拍車を掛けて送って行くと言って聞かない剣城(それもこれも兄に言われたからだが)を何とか説き伏せての帰路である。
帝国に勝ったこともあり、その時の彼女は表情にこそ出さないがとても機嫌が良かった。
そう、その瞬間までは。
「…ん?」
ポケットに突っ込んだ携帯が震える。
誰かから電話が来たようだ。
「はい、もしもし」
そのまま誰から着信が来たかも確認せず、依織は携帯を耳に押し付ける。
次の瞬間、その表情は苦虫を噛んだようにひきつった。
『もしもし─俺だ』
「…オレオレ詐欺なら間に合ってまーす」
「まぁ、待て」電話越しの相手は彼女の対応に慌てることなく喉の奥でクツクツと笑う。
依織は向こう側に聞こえるよう、わざとらしく大きな溜め息を吐き出した。
「もー…何すか有兄さん、せっかく人が気分良い時に」
『ほう、俺と話すと気分が悪くなると?』
「嫌な予感しかしないからです」眉間に皺を寄せ、依織は歩きながら言う。
実際にそうだ。鬼道と話していると、いつも何かしら災難─もしくは自分が予想だにしていなかった事態に巻き込まれる。それを考えると上がるテンションもないだろう。
「そう連れないことを言うな」電話越しの相手は─鬼道は悪びれることなく軽い口調で返した。
『そうだな─まずは、決勝進出おめでとうとでも言うべきか』
「皮肉にしか聞こえないんですけど…」
それもそうだ。鬼道は改まった声で、姿が見えないにも関わらず頷く。
『まぁ、余談はさておき、本題に移ろう』
仮にも母校の勝利を余談扱いとは。
兄貴分のあまりの切り替えの早さに、依織はこめかみを指先で押さえた。
『明日、円堂に…雷門イレブンたちに、レジスタンスのことを打ち明けようと思う』
「レジスタンスのことを?」
依織は心底驚いたようで、思わずその場に立ち止まって目を丸くする。
と言うことは─だ。
「じゃあ…もう、口止めは解除ってことですか?」
「ある程度はな」
そうは言われたが、依織は一気に晴れやかな気分になる。
レジスタンスの一員になって今日までの1年間、一体何度天馬たちに本当のことを言いたいと心の中で地団駄を踏んだだろうか。その苦労が、明日報われるのだ。
『そう言うわけだから、依織。お前は明日、一足先にまたあの格好≠ナ帝国に来い』
「っはあ!?」
一転、依織は目を白黒させてついつい怒鳴るような声を返す。
何で!とそのまま続けて問えば、鬼道はさも当然のように答えた。
『何も知らないふりをしたまま雷門と一緒に来るより、初めから俺たち側の立場で登場した方が効率が良いだろう?それに、帝国イレブンのレジスタンスにも紹介したいからな』
「帝国イレブンの…?」
眉根を寄せ、依織はおうむ返しする。
「試合に出てたろう」と、鬼道は言葉を続けた。
『とにかく明日の10時、本部で待ってるぞ』
「あ、ちょっ…」
ぷつん─そのまま鬼道の声が途切れ、通話終了を知らせるコール音が響く。
「あーッもう!」依織は頭を乱暴に掻いて、暗くなってきた空を仰いで叫んだ。
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「ったく、いつもいつも無茶ぶり過ぎるんだよ有兄さんは…」
─翌日。
人影が見えないのを良いことに、依織は独り言を漏らしながら帝国学園の閑散とした廊下を突き進んでいた。
いつも無造作にまとめてある髪はひっつめた三編みにのお下げにし、下ろし立てのような制服に身を包んでいる。
そのお陰もあり、これまでの道のりですれ違った帝国の人間は誰も彼女を他校生だとは疑わなかった。
右と左。素早く左右を確認して、エレベーターを呼び出す。
地下一階にある別のエレベーターに乗り換えれば、レジスタンス本部のある地下二階へ降りることが出来るのだ。
「あと10分か…」
腕時計をちらりと見て、依織はゆっくり降りていくエレベーターの壁に背中を預ける。
確か昨日、春奈から回ってきた緊急連絡網では、11時に帝国学園に集合だったはずだ。
「(狼狽えるんだろうなー、みんな)」
昨日の今日で帝国に呼び出される理由が分かるわけもないだろう。
苦笑を浮かべると、丁度エレベーターが地下一階へ辿り着いた。
「依織!」
廊下へ出るなり、聞きなれた声が耳に届く。
振り向くと、笑顔で軽く手を振る佐久間と、その隣に驚いた表情を浮かべた帝国ゴールキーパーの雅野がいた。
「あの…佐久間コーチ」
雅野がしどろもどろしながら、依織と佐久間を見比べる。
ふと、そこで依織は、前回帝国に侵入した時に偶然雅野と鉢合わせしていたことを思い出した。
「紹介しよう、雅野。彼女がレジスタンスとフィフスのパイプ役を務める、鷹栖依織だ」
「鷹栖…?」
雅野は怪訝そうに眉間に皺を寄せる。
名前に聞き覚えはあるのだろうが、その姿にピンと来ないのだろう。依織は仕方なく、眼鏡を外し鞄からライセンスを取り出した。
「…昨日ぶり。改めまして、鷹栖です」
「あ…っ」
目が合った途端、雅野はやっと合点がいったように声を上げる。
ライセンスを見ずとも試合中に顔を合わせたせいだろう、すぐに彼女が雷門イレブンだと分かったようだった。
「でも佐久間コーチ、何故…?」
「話は歩きながらしよう。さあ、行くぞ」
微笑んで、佐久間は依織の背中を軽く押す。
ああ、こいつも苦労してんだな─キョトンとしている雅野に、依織は同情の眼差しを向ける。
天馬たちが帝国に来るまで、残り1時間。