case1:猫耳

総帥に呼び出されて部屋に行ってみると、まず真っ先に目に入ったのは紙袋を頭からスッポリ被った怪しいやつだった。誰だあれは。

「遅い」

「すみません、…総帥、そこにいるのは何ですか」

自分のことだと分かったらしい紙袋が、ビクリした。
よく見ると着ているのは女子の制服で、スカートから伸びる足と尻尾がぷるぷると震えている。
………尻尾?

「連れていけ、部室に。ただし、部員以外には見られないようにな」

「は、あ、いや…それは構いませんが」

誰なんですか、それは。問いかけると総帥はあからさまに溜息を吐いて、そいつの被っていた紙袋を引っ剥がした。

「お前たちのマネージャーだろうが」

「…俺たちのマネージャーに、獣の耳は付いていなかった筈ですが」

紙袋から首から上をさらすことになったそれは、確かに我らサッカー部のマネージャーである。
…しかし彼女は普通の人間だった筈だ。
彼女の死にそうな表情に対し、ピコピコと動くそれは猫のものと似ていた。じゃあ何だ、スカートからはみ出しているのは尻尾なのか。

「少し仕事を手伝って貰ったらこのざまだ」

「一体何を手伝わせたと言うんですか」

とりあえず、涙目のマネージャーを保護。
ひょこひょこ動く耳と尻尾は本人の意志なく動いているようだが、一体どんな仕組みになって─

「…ん?」

「──!!」

ぐにっ。思わず、猫の耳を摘む。妙に暖かい。カッと、彼女が真っ赤になって目を見開いた。

「言っておくが、それは生えているものだから不用意に触らない方が良い。セクシャルハラスメントで訴えられたくなかったらな」

総帥、そういうことは早く言って下さい。彼女の拳、所謂猫パンチとやらを鳩尾に食らいながら思う。
悲鳴を上げた彼女の声は、確かに猫の鳴き声のようだった。



「…はぁ、猫耳」

「もう少し違う反応は出来ないのか、源田」

仕方なく人目に付かないよう、再び紙袋で頭を防御した彼女の手を引き部室に行った。
事の次第を集まっていた部員に説明すると、全員に何とも言えない反応をされる。

「違う反応と言っても、現物を見ない限りはどうも信じられないというか…」

「…」

そっと、なるべく刺激しないように彼女の名前を呼んでみる。
ブンブン首を振られた。
断固拒否の姿勢らしい。

「尻尾なら見えるだろう」

「見えるけど。やっぱり偽物とかいうオチなんじゃないのか?」

そう言う佐久間が彼女の背中に回って、揺れる尻尾に手を伸ばした。
…あ、やばい

「佐久間待て、」

「うに゙ゃ――――!!」

途端に炸裂する回し蹴り。佐久間がわき腹を押さえて悶絶するのを見る限り、キレイに決まってしまったのだろう。

「…耳と尻尾は、触るとセクハラ対象になる部位らしい」

「それを、先に…」

ぱたん。佐久間がついに倒れた。おい、そこに転がってたらマズいだろう、スカートとの位置的に。

「というか、さっきにゃーとか言わなかったか」

じり、と紙袋を奪わんとする辺見が彼女に近付く。動物的な本能かは知らないが、彼女はわずかに辺見から離れた場所へ一歩後退し、

「よし、捕まえた」

「!?」

真後ろにいた咲山にホールドされた。
悲鳴をあげる間もなくサッと紙袋が奪われ、相も変わらず涙目な顔と、人間には不似合いな黒い毛に覆われた三角の耳が姿を現して、咲山は目に見えて怯んだ(おい、赤くなるな)。

「うわ…ホントに生えてる」

「何でこうなったんだ?」

「…総帥曰く、後の実験に使用する薬を飲ませたんだそうだ」

飲んでも体に害は出ないと事前に調査済みだったようで、彼女は総帥の無言のプレッシャーに押し負けて、しぶしぶ渡された薬を飲んだらしい。

そして現在にいたる。

「予定では、三時間前後で耳と尻尾は自然消滅するらしい」

「総帥は一体何の実験をするつもりなんだろうな…」

「知らん」

寧ろ知りたくない。
源田に頭を撫でられて、無意識にゴロゴロとのどを鳴らしている彼女の尻尾がゆらゆらと揺れる。
本当に猫みたいだ。いや、確かに猫になってはいるが。

とりあえず、元の姿に戻るまでの三時間、文字通り猫可愛がりしてみるのも良いかもしれない。

「煮干しいるか」

「何で持ってるんだ佐久間、ていうかいつ復活したんだ」

「にゃー…」