猫、教ふ

俺はニヒルな猫。
目下、雷門中に変わる新たな寝床を探して、旅を続けている真っ最中である。


「にゃーご(全く、偉い目にあったぜ)」


公園から飛び出した俺は、特にいく宛もなく静かな通りをぶらついていた(ちなみにあれは逃げたのでなく戦略的撤退だ)。
通りにあるのはやけにでかくてピカピカと黒く光っている車や、馬鹿丁寧に刈られた植木ばかり。
流浪の猫である俺にとっちゃ、少々居心地が悪い場所である。


「みゃーぉ!(あっ、おじさん!)」


その時、ふと耳が子猫の鳴き声を拾い上げた。
辺りを見回すも、おじさんと言われるような猫はいない。ということは、俺のことか。


「みゃー!みゃー!(ねぇねぇ、おじさんったら!)」

「…なーご(お前か、さっきから俺をおじさん呼ばわりしてんのは)」


垣根の隙間に目をやると、向こう側の建物の窓辺に子猫がいるのが分かった。
キレイにブラッシングされたその体は、いかにも箱入り娘といった風である。
俺は塀を伝い、ひょいと垣根を飛び越えた。


「おあ〜(あのな嬢ちゃん、確かに俺はもう十年ほど生きてるが、まだまだ現役なんだぞ)」

「? みぃー(? ふぅん)」


この顔はぜってえ分かってねえな。
俺はため息を吐いて、窓辺に座ったそいつを下から眺めた。


「にゃああお(で、俺に何の用だお嬢ちゃん)」

「ふにゃーっ(あ!あのねあのね、そのおもちゃとってほしいの!)」

「んなー…?(おもちゃァ?)」


さっと辺りを見渡すと、芝生に映えない派手な色の猫じゃらしが見えた。
窓際に置いてあったのが、風に吹かれてしまったようだ。しかし、あれくらい自分で取ればいいものを。
思ったことをそっくりそのまま言うと、子猫は不機嫌そうに尻尾を動かした。


「みぎぃ(ムリだよ、こんな高いとこから落ちたら死んじゃう!)」

「…ふなーご、ぐるる(…あほぅ、この程度で死ぬもんか)」


それをいったら、今まで生きてきたなかでこんな高さなんて目じゃない高所から幾度となく飛び下りてきた俺はどうなる。
しかし子猫は依然としてそこに座り込んでいるだけだ。


「にゃー、みゃああ!(おじさんおねがい、はやくしないとタクトかえってきちゃう!)」

「…ぶふぅ(…はぁ)」


もう一度大きなため息を吐いて、俺は猫じゃらしをくわえる。
そしてそのまま、子猫の元までジャンプした。


「にゃー!にゃー!(わ、おじさんスゴイ!ありがとー!)」

「ふなーご、なーご(これくらいわけねぇ。それよりお嬢ちゃん、これを機会にひとつ教えといてやる)」

「み〜(なーに?)」


子猫は屈託のない笑顔で俺を見る。
こいつぁ、下手するといつかカラスにでもさらわれちまいそうだな。


「ぐるる、ふにゃー(世界は広いんだ、せめてこの段差を飛び降りれるようにならないといつか痛い目に遇うぜ)」

「みゃああ!(えーっ、いたいのやだ!)」


目に見えて焦ったそいつは、アワアワと尻尾を振る。
ふ、少しばかり大人げないことを言ったかもな。
別れの代わりに尻尾をひとつ大きく振って、俺は窓辺から飛び下りた。


「にぃ、ふみゃー!(おじさん、またきてね!)」

「…なーご(気が向けばな)」

「ふみぃ、にゃー!(そんで、とびおりかたおしえてね!)」

「ぐるにゃーぁ(だから気が向けばっつったろ)」


呆れて言い返しても、子猫は笑っている。
窓の向こうで、扉の開く音がした。


「よしよし、ただいま」

「ニャー!(おかえりタクト!)」


ご主人様のお帰りだ。
まぁ、せいぜいたっぷり遊んでもらうんだな。

俺はニヒルな猫。
出会いと別れを繰り返し、今日も旅を続ける。