case4:未来から
今日はマネージャーは、珍しく総帥に呼び出されていないらしい。
もしかしたら、例の薬がやっと完成したのかもしれない。
それならやっと一安心だと、データ整理する彼女を部室に残し、練習を始め小一時間は経過した頃だった。
─ボカンッ
「っ!?」
「な、何だぁっ!?」
突如聞こえた爆発音に、蹴ったボールが見当違いの方に転がった。
音が聞こえたのは部室の方からだ。俺たちは慌てて部室へ向かう。
「おーいヒヨ…うおっ」
マネージャーの安否を確認しようとした辺見が、扉を開けた途端漏れ出した白い煙にむせかえった。
やはり何か爆発したのか。だが、何も焼けたような匂いはしない。
「あいつは無事なのか?」
扉を全開にして煙を外に出しながら、源田が顔を青くする。そうだ、まずは彼女の様子を確かめなければ。
目を凝らし部室を見ると、デスクの辺りで動く影。
どうやら無事ではあるらしいと、ほっと溜息を吐いた、その矢先だった。
「げほっ!な、何…?」
煙が晴れて、そこにうずくまる人影に絶句する。
そこにいたのは、マネージャーではなく。二十代半ばの、見知らぬ女性だった。
煙に咳き込みながら、彼女は涙で目尻を濡らしつつ「はぁびっくりした…」と呟いた。
だが当然、俺たちもびっくりした訳で。
「………え、誰?」
「へっ?」
彼女は、佐久間の声に振り返り自分を凝視する俺たちを見ると、眉根を寄せてポカンと口を開けた。
「……有人さんが小さい」
「は?」
心外だ、これでも身長は伸び続けて…
ああいや違う、そうじゃない。
「え、え?何かみんな小さい?」頭を抱えて顔をしかめる彼女に、俺はそろりと近づいた。
「─あの、考え中のところ悪いんですが。あなたは一体誰なんですか?」
「…え?」
困惑した表情を浮かべた彼女と目が合った。俺を見、部員を見。部室を見回し、少し悩んだあと。
「…こ、ここのOGです」
「どう思う?」
「どうって言われても…」
椅子に座り、少し難しい顔をしている彼女から少し離れたところで額を集める。
百歩譲って、OGというのが嘘じゃないとしよう。じゃあ、その直前の煙や爆発音はどう説明するんだ。それに、姿を消してしまったマネージャーはどうしてしまったのか。
ふいに、成神が顔を引き締める。
「もしかしてあのお姉さん、どっかのスパイなんじゃないですか?」
「はぁ?」
「帝国に腕の良いマネージャーがいるって知って、さらいにきたのかもしれませんよ!」
「ちょっと黙ってような、小学生」呆れた顔の寺門に頭を押さえつけられて、成神は大人しくなった。
と、そこで彼女に事情を聞いていた源田が戻ってくる。
「どうだった?」
佐久間が尋ねれば、源田は少し小首を傾げた。
「何でも、十年前にサッカー部のマネージャーをしていた人らしい。今日は近くに寄ったついでに遊びに来たそうだ」
「十年前ってことは、25歳?」
「いや、中1の終わりに転校してしまったそうだから、24だろう」
「じゃあ正確には卒業生じゃないんだな…って年はどうでもいいんだよ!名前は?」
「山田花子」
「嘘クサッ!」顔をしかめた成神の言葉に、俺を含む全員が頷き同調する。
ふと視線を向けると、山田さん(仮)は顎に手を添えて考え込みながら何かをぶつぶつと呟いていた。
「─ただ二人であの人の遺品を整理してて…急に煙が…いや何で?「あの、山田さん?」っぅえ?あ、はいはい何かな!?」
そっと話しかければ、彼女は独り言をやめてあわあわと俺の方を向く。
この人のことも気にしなくてはいけないのは分かっているが、それと同じくらい気にしなくちゃいけないことがあるのだ。
「あなたがここに来たとき、ジャージを着た女子生徒がいませんでしたか?」
「お、女の子?」
「無駄にオロオロした感じの、挙動不審な奴」
佐久間が付け足すと、「き、挙動不審かぁ」と何やら複雑そうな顔をした山田さん(仮)は、少し言い淀みながらも続ける。
「その子なら、影山さんのところに行ったんじゃないかなぁ。報告しなくちゃ、って言ってたし」
「…そうですか」
成る程、確かにそれなら彼女がいなくなったのも頷ける。山田さんが影山総帥の名前を出したところも、元マネージャーなら納得がいく。
少し、考え過ぎだったかと。吐息をつくと、目の前の山田さんがポツリと零した。
「─十年前か…」
「え?」
ふいに山田さんが立ち上がる。
部室を見回し、後ろに立つ源田を見て、横に立つ佐久間を見て。そして最後に俺に視線を合わせ、彼女は柔らかく微笑む。どこかで見たことのあるような笑顔だった。
「…みんな、サッカー頑張ってね」
その言葉に曖昧に頷くと、彼女は楽しそうに笑顔を浮かべる。そして、思いついたように俺の方に向き直る。
「これからきっと、色々なことが起きるよ。だけど、仲間を信じてれば大丈夫。─負けないで、有人さん」
「山─」
頬に伸ばされた手。その指にはめられた指輪に、気を取られた瞬間だった。
─ボカンッ
「っ!?」
「うわっ」
2度目の爆発音とともに、視界が煙に覆われる。
そして次に見えたのは、唖然とした顔でそこに立つマネージャーの姿だった。
「…あ、あれ?私、…?」
ハッとし、マネージャーは辺りを見回すと首を捻る。
「ヒヨコお前、総帥のとこに行ってたんじゃねーのか?」というか、どうやってそこに来たんだ?慌てた様子の辺見が問うと、彼女は余計困惑した表情を見せた。
「山田っつーOGのこと、報告しに行ってたんだろ?」
「へ?う、え?あの、山田さんって…誰ですか?」
「ええ?」
どうも会話が噛み合わない。
双方首を傾げると、ふいに土門が口を開いた。
「…山田さんが消えた」
「…ええ!?」
「ホラーじゃないッスか!」成神が悲鳴混じりに言えば、まだ冷静さを保ったままの咲山が彼女に話し掛ける。
「マネージャー、お前今までどこで何してた?」
「え?えーっと…」
「急に煙で前が見えなくなって、気付いたら知らない場所にいて…」そこまで言って、彼女は言い辛そうに咲山から視線を外す。
佐久間が続きを促すと、戸惑いながらも続けた。
「…知らない男の人に、ハグされました」
部室が騒然となった瞬間だった。
やれ消毒だやれロリコンだのと、数名が好き勝手に騒ぐ中、源田が何か考え込むような顔をして騒ぎの中心にいるマネージャーを見つめる。
声を掛けると、源田は少し言い淀みながら言った。
「何か、さっきの山田さんが、あいつに似てるような気がして…」
「…そう言えばそうだな」
顔付きだとか、全体的な雰囲気だとか。よくよく思い出してみると、声も少しトーンが低くなっただけでよく似ている。
そう言えば、彼女は名乗っていないのに俺の名前を知っていたが─
『負けないで、有人さん』
(…………。…い…いや、そんなまさか、な)
一瞬浮かんだ可能性を打ち消す。そうだ、そんなことあるわけがない。第一、もしそうなら、俺は彼女と─
「鬼道、どうした?顔が赤いぞ」
「…気のせいだ」
言って、俺は頭を振る。SFチックなことを考えるのは止めておこう。そんな、マンガやアニメじゃあるまいし。
まずやるべきことは、この場をどう納めるかである。
嘆息して、俺は一歩踏み出した。