サムシング・カミング
──西暦2160年、某日某所。
「約束は覚えているな?」
「はい。出来るだけ正体は明かさないこと、過干渉しないこと、物を持ち帰ったり置いて帰ったりしないこと」
「よし、ならいい」
特徴的なゴーグルを額に押し上げ、手元の細かなパネルを素早くブラインドタッチする青年に、傍らにいた目つきの鋭い少年は少し考え込んだようにして口を開いた。
「あの、きど──」
「ここでは博士と呼べ」
「博士。今から向かう時代は他よりも時空が乱れてるって仰ってましたよね。原因は分かったんですか……?」
博士と呼ばれた青年の手がピタリと止まる。まだだ、と苦い表情で答えた彼は続ける。
「だからこそ、お前の望みを叶える代わりにあちらで何が起きているのか調べてきて欲しいんだ。今回のそれは、従来のマシンとは違い時間制限を設けてある」
それ、と指差したのは少年の腕に着いたゴツ目のブレスレットだ。
凹凸の少ない歯車の真ん中をくり抜いたような造形。様々なものが軽量化・機能美を優先して製造されるこの時代にしては珍しく無駄の多そうなデザインのそれは、作った本人としても不本意であったらしく、過去の経験から必要であると判断した機能を全て詰め込んだ結果がこれだ、と顔を顰めていたことは記憶に新しい。
「今回の時間制限は10分。あちらに着いて10分したら、強制的に元の時代に戻される。その間にあちらでの調査を出来るだけ進めてくれ」
「はい、分かりました」
少年は部屋で一番広いスペースに移動して、深呼吸をする。カウントを開始するぞ、と険しい声に頷いて、彼はブレスレットのスイッチに指を掛けた。
「3、2、1──……!」
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「──ん?」
「剣城、どうかした?」
雷門イレブンが第二の拠点として(勝手に)利用している鉄塔広場。
今日も今日とてエルドラドに打ち勝つべく特訓と新たな力を探す旅を繰り返していた彼らであるが、出発直前、剣城がふとタイムマシンとは全く別の方向を振り返って怪訝な顔をしたので立ち止まらざるを得なくなった。
「何か……妙な音がしないか?」
「音……?」
一同が揃って耳を揃えると、成る程確かにヒュウウン、と空気を切り裂くような細い音が聞こえてくる。その上どんどんと近付いてくるその音に、一体何事かと身構えた瞬間だった。
「──うわっ!?」
空に丸い穴が空き、そこから何かの塊が近くの茂みに降ってくる。
彼らが目を見開くその目の前で、その塊≠ヘムクリと起き上がった。
「痛ッ……くそ、着地点の改善も必要なんじゃないのか、これ……」
「なっ……」
「……あっ」
髪に絡まる茂みの葉を乱暴に払い、低い声で呟いた切れ長の目がこちらを向く。
突如として通常では有り得ない方法で@許蜒Cレブンの前に現れた、謎の少年。当然導き出される答えは1つだ。
「お前っ……まさか、エルドラドの奴か!?」
「え……はっ?」
「1人……いや、仲間は別の場所にでもいるのか? 何にせよ、お前の好きなようには……!」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!!」
瞬時に臨戦態勢に映る仲間たちの中で、フェイが一拍空けてそれを制止ながら慌てた様子で前へ出る。
そして目を白黒させている謎の少年の元へしゃがみ込むと、彼が腕に付けているやけにゴツいブレスレットを指差した。
「そのタイムブレスレット……博物館で見たことがあるよ。けど、君がつけているそれは明らかに新品その物だ。もしかして君は、2100年代から来た人なんじゃない……?」
少年は凹んでいた。それはもう凹んでいた。
何せ博士との約束である『出来るだけ正体を明かさないこと』をものの数秒で破ってしまったのだ。
「(いやでも、まだ俺自身のことはバレてないし……)」
雷門イレブンの嘘発見器、もとい名前の目をもっての質疑応答──空気感としては尋問──を一通り終え、自分が2160年から来たこと、この時代の時空が妙な揺らぎ方をしているのでその調査のために赴いたことを明かした少年は、心の中で言い訳をする。
「うーん……」
「名前? 何か気になる点があった?」
「いや、言ってることに多分嘘はないんだけどさ。……なぁんかこいつ、見覚えのあるような顔してる気がして……」
ギクリと肩を揺らしながら、少年はそっと傍らの少女を見上げた。
全てを見透かすような視線。透明感のある瞳。──見覚えがあるのは、こちらも同じだとは口が裂けても言えない。
「それで、この時代の調査だっけ」
「あ、ああ……でも、時空の揺らぎがそんな外的要因であるなら、余計に俺が何かするわけにはいかない」
質疑応答中に、今現在雷門イレブンがエルドラドという自分の時代より更に未来から来た組織により攻撃を受けていることを知った少年は、ゆっくりと頭を振る。
『タイムマシンで未来へ行ってはいけない、もしくは未来の出来事を知ってはいけない』。時間移動の方法が確立されて発足されたこの法律を破ることは重罪中の重罪。
それ以前に、そもそもタイムマシンとは過去へ飛び元の時間に戻ることは出来ても、因果律などの関係で未来へ飛ぶことは絶対に出来ないのだが。
「だが、その事が分かっただけでも十分だ。……俺の目的も果たせたし」
「目的?」
目を眇めて剣城が返す。少年はそちらをちらりと見て、視線を外し、そしてもう一度剣城を見た。
何故か二度見された剣城が怪訝そうに顔を顰めたので、横にいた名前が諌めるようにその脇腹を肘で突く。
「ほらぁ、剣城の目つきが悪いからビビられてんじゃ〜ん」
「誰の目つきが悪いだ、人のこと言えないだろうが」
「……つるぎ……」
少年がぽつりと呟く。え、何? と名前が聞き返そうとした瞬間、再び先程と同じ空気を切り裂くような細い音が聞こえてきた。
「あ……元の時代に戻る時間だ」
「そうか、その頃のタイムブレスレットって時間制限があるんだっけ」
良い物が見れたなぁ、とフェイは感心した様子で呟いている。その間にも音は近付いてきており、この短い邂逅の終わりを示していた。
「それじゃあ、……またいつか」
最後に、口角を少し持ち上げた笑みを湛えて告げた少年は、光に吸い込まれて消えていく。
鉄塔広場が一瞬の静寂に包まれた後、突然天馬が「あっ!!」と声を上げた。
「びっ、くりしたぁ。急に何だよ、天馬!」
「あ、いや、ほら名前がさ、さっきのやつを見覚えがある顔してるって言ってたじゃない? あいつ、剣城に似てるんだよ!」
「……は?」
名指しされた剣城が目を瞬く。有り得ない話ではないかもね、と続けたのはフェイだ。
「案外、剣城の子孫だったりしてね」
「そうだったらスゴいね! ……ああ、でも」
感嘆した天馬が、一瞬考えて再度口を開く。
それは剣城にとって、更に言えば横にいた名前にとっても、中々に威力の高い爆弾だった。
「笑った顔は、名前にそっくりだったんだよなぁ」
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「──そうか、あの時代では今そんなことが……」
時間は変わり、再び西暦2160年。
無事に戻ってきた少年から話を聞き終えた博士は、「何も手助け出来ないのが歯痒いな」と眉間を揉んだ後、ところで、と話を変える。
「お前の目的は果たせたのか?
「……はい」
──曾祖父の血を濃く継いだ鋭い目つきの少年は、小さく頷いた。
今この時代において日本のサッカーの聖地と呼ばれている雷門は、一時期腐りきっていた当時のサッカー協会打倒のために革命の旗を掲げた学校としても歴史書に紹介されている。
そこから更に詳しく調べようとすると、必ず名前が出てくる1人の少女の存在がある。
それが名字名前だ。革命を遂げる為、女だてらに日本で一番最初にライセンスを取得し公式試合で活躍した女子中学生。サッカーが好きな少女の8割が彼女に憧れを持っていると言っても過言ではない。それほどまでに、サッカー選手の中で彼女は有名人なのだ。
そんな彼女を曾祖母に持っていれば、一度で良いから全盛期の名前と会ってみたいと思うのは自然な流れだろう。
そんな中で、知人である時間移動の研究をしている博士からその全盛期の曾祖母の生きている時代のことを調べてきて欲しいと頼まれたことは、まさに渡りに船であった。
まさかそれと同時に曾祖父にも会うとは予想もしていなかったが。
「正直、話らしい話は出来ませんでしたけど……それで十分でした」
「……そうか」
気持ちは分かるよ、と返した博士の横顔には何故か懐かしさのような物が滲んでいる。
もしかして、彼も過去同じように自分の祖先に会いに行ったことがあるのだろうか。その事を聞くのは何となく憚られて、ツルギは労いに渡されたコーヒーを静かに啜った。