「えっ…お花見?」
『そーですよ!』
明くる日の土曜日のことだ。
突然かかってきた成神からの電話に、織乃は目を白黒させてオウム返しする。
明日帝国の部員で花見に行くんですけど、一緒にどうですか─彼の誘いはこうだった。
しかし、と織乃は窓の外を見やりながら言い淀む。
「もう五月も終わるのに…まだ桜が咲いてる場所があるの?」
そう、今は丁度五月の第四週に差し掛かる頃。
時期的に考えれば、東京の桜は見頃などとっくに過ぎ去り、青々とした葉が茂っているはずなのだ。
だが成神はその疑問が返ってくるのを見越していたように、電話越しにクスクス笑う。
「あるんですよ、それが。まぁ、詳しい場所はまだサプライズってことで…どうします、行きますか?」
「え、あ、うーん」
織乃は反射的にカレンダーに目をやった。─大丈夫、何の予定も入っていない。
「じゃあ…行こうかな」
「やった!なら明日、十一時に駅前の噴水前に来て下さいね!待ってるんで!」
織乃さんもOKですって─そんな声を上げながら、成神は電話を切った。
どうやら、周りに部員がいる状態で電話してきたらしい。
「お花見、ねぇ…」
携帯を机に置いて、織乃は何となしに窓を開ける。
香る空気は新緑の物だった。
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「─あ、来た来た」
次の日、約束の十一時五分前。噴水の前には、既に成神を含めるいつものメンバーが揃っていた。
「織乃さーん!」大きく手を振る成神に応え、織乃は少し上がった息を整える。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「何言ってるんだ、まだ五分前だぞ?」
カラカラと笑った源田が織乃の肩を叩く。
その傍らにいた鬼道が、自分の腕時計を覗き込んだ。
「まぁ、その五分前行動すら出来ない奴もいるがな…」
「え?…あ」
よく見ると辺見がいない。
成る程、彼は時間ぴったりに合わせて来る方らしい。
時計の針が十一時を指し、秒針が半周した辺りで人ごみの中からひょっこり現れた辺見に、織乃は小さく笑った。
「よぉ、ヒヨコ」
「こんにちわ辺見さん」
ヒラヒラと片手を振る辺見が「五分前行動を心掛けろといつも言ってるだろ」と鬼道に小突かれるのを後目に、さてと佐久間が成神に向き直る。
「それで、結局どこなんだ?五月でも花見が出来る場所っていうのは…」
どうやら、彼らも詳しいことは知らされていなかったらしい。
ふっふっふ、とわざとらしく笑った成神は徐にポケットに突っ込んでいた手を抜き出した。
「じゃ〜んっ!これッスよ、これ!」
「あァ?」
怪訝そうに眉根を寄せた咲山が、成神の取り出した紙切れを受け取る。
「新装開園、動植物園*ウ料招待チケット?」
「そーです!」
どうだ!とでも言わんばかりに成神は胸を張り、誰かに聞かれる前に先日親戚から譲ってもらったのだと説明した。
「何でもその動植物園、空調をこう…何か色々してるらしくて、6月の中頃まで桜が見れるらしいンスよ」
「肝心なところが説明出来てないじゃん」
鋭く突っ込む洞面に「そこは気にするとこじゃねーだろ!」と成神は頬を膨らませる。
さて!と彼は仲間たちを振り返ってにっこり笑った。
「それじゃあ出発しましょーか!」
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電車で三十分、徒歩で五分。
辿り着いたそこは、予想していたよりも少し大きな場所だった。
「動植物園っつーから、体育館くらいのもんかと思ってたけど…」
「講堂より広いな、こりゃ」
ゲートを見上げた辺見と咲山が率直な感想を漏らす。
受付から戻ってきた成神が、「ところで」とふいに織乃の方へ目をやった。
「織乃さん、お願いしてたのは…」
「え?ああ、大丈夫」
ちゃんと持ってきたよ、と織乃は一つ頷いて、手にしていたエコバックを持ち上げて見せる。
「何だ、それは」鬼道が問うと、彼女は成神と目を合わせてにっこりと笑った。
「…おお…」
成神の言った通り、満開の桜の下─人工芝の上に敷いたブルーシートに腰掛け、まず辺見が地味な歓声を上げる。
その視線の先には、織乃が用意してきた色とりどりの弁当が並べられていた。
あの電話の数時間後、織乃さえ良ければ弁当を作ってきてほしいと成神からメールが来ていたのだ。
「な…何か良いな、こういうの」
「量はあるから、沢山食べてくださいね」
箸とお絞りを手渡しながら微笑む織乃に、辺見は頷く。
こそこそと洞面が小さく成神に耳打ちした。
「辺見先輩って、結構ベタな展開すきだよね」
「な。体育館裏なんかで告白されたらコロッと落ちそう」
「聞こえてんぞ!!」
辺見は歯を剥いて吠えるが、頬におかずが詰め込まれているので迫力がない。
「うるさい、辺見」ピシャリと言った佐久間が、そわそわと唐揚げを頬張った。
「あ、うまい…」
「久しぶりだな、御鏡の料理を食べるのは」
にこにこ笑う源田に釣られ、織乃も笑顔になる。
その向かいで鬼道も穏やかに笑っているのが見えて、殊更嬉しくなった。
「ねぇ織乃さん、来年もまた花見来ましょうね!次はここじゃなくて、もっとちゃんとした桜!」
「ふふ、そうだね」
さわさわと桜を揺らすのは、空調で生まれた風である。
来年は彼の言う通り、青空の下で自然の風に吹かれる桜を見たいものだ。
「あっ、おい最後の一個はじゃんけんだろ!?」
「ケチケチすんなよ」
─そして次は、もう少し多めに唐揚げを作ってこよう。
織乃は密かに心に誓った。