「えーっと…」
手にしたメモに目を落とし、織乃はゆっくりとした足取りで商店街を歩いていた。
母から預かったメモには、足りなくなった日用品が事細かに記されている。
(シャンプーにリンスでしょ、それから洗剤に…)
よしと小さく呟いて、織乃はメモをポケットに閉まった。
これで頼まれたものは全部買い終わった。
後は、休憩がてらいつもの喫茶店にでも行こうか─と視線を上げた、その時である。
「…ん?」
本屋の前に差し掛かったところで、織乃は足を止めた。
入り口付近に、どうも見知った顔を見た気がしたのだ。
「源田さん、佐久間さん?」
「ん?ああ、御鏡」
こちらに気付いた源田が、相変わらずの快活そうな表情で手を振る。
それに応えながら、織乃はその隣で何やら顔色の悪い佐久間を見やった。
「どうしたんですか二人とも、わざわざ稲妻町にまで…」
「御鏡!!」
ふいに、バッと勢い良く顔を上げた佐久間ががっしりと織乃を肩を掴む。
その拍子に、彼の手からバサリと本屋で買ったのであろう紙袋が落ちた。
しかし佐久間は気にも留めず、切羽詰まった表情で言う。
「御鏡、お前……勉強出来る方だったよな!?」
「…はい?」
彼のその必死の形相に、織乃は「いや、並ですけど」と言いかけた本音をうっかり飲み込んでしまった。
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「テスト、ですか」
「ああ」
ところ変わって、稲妻町のとあるファミレス。
まともな説明も受けないままここまで連れてこられた織乃の向かいに腰掛けるのは、重苦しい空気を背負った鬼道だった。
どうやら察するに、佐久間たちは参考書を探し求めてわざわざ隣町の稲妻町までやってきたらしい。
「今回のは特殊な試験でな…二年のこの時期に一度だけ執り行われるらしい」
「とくしゅ…?」
首を捻った織乃に、彼女の隣でパフェをつついていた辺見が口を開く。
「五教科平均70点以上取れなきゃ、ペナルティで寺に行かなきゃなんねーんだと」
「お、お寺?」
目を丸くして織乃は聞き返した。帝国と寺院というイメージが、どうも結びつかない。
「二年の伝統行事みたいなものらしいんだ。ほら、二年生って一番気が抜ける…楽な学年だろ?」
「ああ、確かに…」
源田の言葉に、織乃は少しだけ納得した。
そう言われると、二年生には一年生の緊張感も、三年生の受験のプレッシャーも味合わなくていいという利点がある。
恐らく、少しだらけていたところに渇を入れる意味もあるのだろう。
「先輩曰く、寺に行ったら午前三時起き、掃除と座禅、精進料理が待ってるらしい。二泊三日でな」
「俺は絶対に嫌だ…!」
重々しく言った鬼道に、佐久間が頭を抱える。
確かに、育ち盛りの男子からすると、そのスケジュールは少々酷だろう。
けど、と織乃は首を傾げた。
「鬼道さんなら、平均70点以上なんて楽に行けるんじゃ…」
「ああ、俺はな」
ふん、どこか自嘲気味に鼻で笑った鬼道は、ふらりと視線を遠くに向ける。
「…運動部は、連帯責任で誰か一人でもペナルティを負った場合、周りも巻き込まれるんだ」
(うわぁ)
際限なく酷だった。
帝国らしいといえばらしい。
織乃は気を取り直し、暗くなった部員たちを見回す。
「それで、私はどうすれば…?」
「御鏡、お前は暗記系が得意だったろう?その辺りを、そこのバカたちに叩き込んで置いてくれ」
鬼道も今日は随分と口が悪い。もしかしたら、既に教鞭を奮い始めて幾日か経っているのだろうか。
バカと証された佐久間と辺見と咲山が、居心地悪そうに身動ぎをした。
「…えっと。とりあえず、暗記ってことで社会やりましょうか?歴史か地理の片方抑えれば、結構いけるし…」
「おー…」
辺見が力なく返事を返し、残る二人は声を返す気力もないのか、ゴツンとテーブルに額を預けた。
余談だが、織乃がこの三人に勉強を教えるのは酷く労力を使うということを知ったのは、それから僅か数分後のことだったそうな。