「吹雪さん、あと少しだけ…一秒くらい遅らせて、ジャンプ出来ますか?」

「うん、やってみる」


鬼道は僅かに眉根を寄せて、吹雪のアイスグランドの精錬をする織乃を眺めていた。
織乃は吹雪と額を寄せ合いバインダーを覗き込んでいる。


「(……………近い)」


そんな単語がふと浮かんで、鬼道は眉間を揉んだ。
どうも最近─というより、吹雪の『あの一言』を聞いてからというものの、彼女の挙動を気にする自分がいる。

彼女が他の男子と一緒にいるところを見ると、無性にもやもやするのだ。
一般的にこれをジェラシーと言うのだが、鬼道はまだそれには気付いていない。


「タン、タン、タン、みたいな感じで」

「…何か、音楽の授業みたいな指示だね」


織乃と吹雪は、誰が見ても仲が良い。
織乃はたまに彼を警戒することがあるようだが(主にタラシ発言について)、吹雪はそれすら面白がって彼女に突っかかっているようにも見える。

鬼道は、吹雪のタイプに織乃が当てはまっているということを本人から聞いていた。
─が、それと同時に、『アプローチはしない』とお墨付きも貰っている。
だからこそ安易に問い正せないから、困っているのだ。


「(というか、あれはアプローチではないのか…?)」


悶々と悩みながら、鬼道は仲むつまじく話し込む二人を見つめる。
こうして心の中では悩みが渦巻いているものの、持ち前のポーカーフェイスのお陰で彼の異変に気付くものは殆どいないだろう。

視線の先で、吹雪が軽くポンと織乃の肩を叩いた。
織乃は眉をヘニャリと下げて笑っている。

触れたくなったら、それは恋─ふいに『あの一言』が脳裏に蘇って、鬼道は慌てて頭を振った。
またこんなことを考えて、自分の頭はどうしたというのだろう。


「(…バカか、俺は)」


大きく息を吐き、鬼道は頭を落ち着かせた。
マントを翻し踵を返したところで─鬼道はたたらを踏む。

ふいに駆け寄ってきた織乃が、マントの端を掴んだのだ。


「あっ、鬼道さん」

「ッ何だ?」


一瞬虚を突かれた矢先、ふわりと甘いにおいが漂う。
石鹸のにおいだった。


「いえ─何か、調子悪そうに見えて。大丈夫ですか?」

「…ああ」


織乃は少し、安心したように微笑む。
その表情に何故だか心臓がうるさくなった気がして、鬼道はそっと彼女から視線を外した。


「………」


織乃の背中越しに、吹雪と目が合う。
いつもの王子様スマイルが、今回ばかりは『計画どうり』とでも言いたげな笑顔に見えた。


「…少し走ってくる。後は頼んだ」

「えっ?あ、はい」


ぽん、と先程吹雪の叩いたのとは逆の肩を叩いて、鬼道は駆け出す。
走りでもしなければいつまでたっても頭が冷えない気がして、彼は足を動かしながら重たい溜息を吐いた。


「…うーん」

「? どうかしました?吹雪さん」


頭を掻いて唸った吹雪の元に、織乃が戻ってきた。

─鬼道はまだ知らない。
吹雪が彼に発破を掛けるのもかねて、鬼道の視界に入る度に織乃に絡みに行っていることを。
恐らく、自分がそれを言わない限り気付かないだろう。


「いやぁ、うまくいかないなー、って」

「え?アイスグランド、まだ何か足りないですか?」


─まぁ、この娘にも多少の問題はあるんだろうなぁ。
心の中で独り言ちて、吹雪は穏やかな笑顔で首を振る。

一方で、走り続ける鬼道がこの気持ちの名前に気付くのは、ほんの少し先の話だ。