某日、午後三時。
織乃は手伝いに通っているサッカークラブの練習グラウンドへ向かっていた。

グラウンドでは既に何人かが集まってボールを追いかけている。
織乃は片手を上げて、その集団に声を掛けた。


「こんにちわー」

「あっ、シキノ!」


声に気が付いたフィディオたちがこちらを振り返り、織乃の方へ駆け寄ってくる。


「Buongiorno. シキノ!今日のレッスンはいつもより早かったんだね?」

「はい。師範に急用が出来て…。ところで、マルコさんの姿が見えないような気が、」


「スキヤキ!!」言い掛けたその瞬間、謎の叫びと共に近くの茂みから飛び出す影。
織乃はそちらを見ることなく、スッと一歩下がった。


「ふぎゃっ」


スカッと空を切った腕が織乃の髪をかすめる。
そのまま物の見事に地面に不時着した彼≠ヘ、踏みつけられた猫のような声を上げた。


「……スキヤキ≠カゃなくて、隙あり≠ナすよマルコさん」

「そ、そう…」


ピクピクと体を痙攣させながら、地面に突っ伏したマルコが呻く。
それを静観していたジャンルカが肩を竦めた。


「シキノも、このパターンには大分慣れたみたいだな」

「そりゃあ、まぁ。一週間も続ければ流石に…」


織乃はどこか遠い目をしながら、ふぅと溜息を吐く。
服の砂を払ったマルコが、よいしょと起きあがった。


「でも、俺が抱きついてくるって分かってるなら避けなくたって良いじゃないか…」

「マルコさん、体格差を考えて下さいよ」


織乃はやや呆れた顔になって言う。
マルコはどちらかと言えば小柄な方ではあるが、やはりそこは男子。
織乃よりいくらか背が高い上に、サッカーで培った筋肉もある。突然飛びかかられると、織乃の身も危険なのである。


「ちぇっ。シキノのイケズ」


マルコは唇を尖らせ、足下の小石を蹴った。また冬樹が余計な日本語を教えたらしい。
織乃は密かに、帰宅したら兄に一発かますことに決めた。


「技を掛けられない時点で、運が良いと思って下さい」

「うーん…それもそうか」


マルコは身震いしながら渋々頷き、フィディオたちも見合わせた顔を少し青くする。
織乃が護身術としてジークンドーを習い始め、既に1ヶ月半。彼女に本気でこられたら、こちらの身が危ない。


「というか、そもそもマルコさんが急に抱きついてこなければ良い話じゃないですか」

「えっ、じゃあ許可を取れば良いってこと?」


「何でそうなるんですか」織乃は表情をひきつらせ、両手をわきわきさせながら近付くマルコに臨戦態勢を取る。
それをあくまで傍観しながら、ジャンルカがフィディオにボソッと呟いた。


「シキノ、絶対にマルコのアタックが本気だって分かってないよな…」

「仕方ないさ。だってそのアタックがアレなんだし」

「アレだしな」


その瞬間ボグッと鈍い音がして、呻き声を上げたマルコが地に沈む。
彼の明るい未来は遠い。